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十五 逆撃

 牛尾幸清率いる尼子直属軍五千は、まっしぐらに大内家の陣へと突っ込んでいった。直接にその突撃を受けることになった部隊の杉は、「狼狽(うろた)えるな」と怒鳴りつつも、圧倒的な攻勢に後退を余儀なくされた。


(もろ)いものよ」


 牛尾は得意げに、右隣りに大内義隆の陣があることを確認すると、荒れ狂う猛牛の如く、急角度で旋回し、その角を突き立てるかのように、(したた)かに打ち付けた。


「かかれ!」


 ここで大内義隆の首を取れば、伯耆で戦っている同僚諸将らを、大きく凌ぐことができる。

 まだ見ぬ大功に、牛尾は打ち震えた。

 その昂揚感に包まれていたせいか、大内家の陣、正確には佐東銀山城外に広がった陣地の、少し離れたところにある「坂の上」という丘陵地から、一隊の軍がこちらを窺っていることに気がつけなかった。

 その軍の将が、兵から問われる。


(すえ)さま、陶興房さま」


「なんじゃ」


「狼煙が上がりましたので、そろそろ……」


「うむ」


 その軍の将――陶興房は、頃合いじゃな、と呟いて、片手を上げた。


「かかれ」


 興房の片手が下がると同時に、その軍は「坂の上」から一気に駆け下り、ちょうど牛尾幸清の率いる軍の横っ腹に痛撃を食らわせるかたちとなった。


「何ッ」


 幸清としては、裏をかかれたという驚愕しかないが、僚将の亀井秀綱からすると、わざわざ毛利元就が書状まで(したた)めて、かつての香川光景と熊谷信直の「坂の上」での戦闘のことを報告していたではないかと思う。

 そこを事前に警戒できなかった、秀綱自身も人のことは言えないが。


(らち)もない……」


 自嘲気味に笑う秀綱だったが、それでも幸清に対する撤退の促しを忘れない。


「まずいのでは」


「まだ、まだ」


 意固地になる幸清に、秀綱は危ういものを感じた。粘り強いのは良いが、そのせいで食われるのみとなるにあっては、意味がない。


退()くべき」


 兵法については幸清に一歩も二歩も譲る秀綱であるが、このときばかりは己の見解が正しいと断じた。


 ……そうこうするうちに、引きずられた第二陣の平賀ら安芸国人らも、陶興房の毒牙にかかり、算を乱して逃げようとしている。

 まずい。

 このままでは、総崩れとなる。

 そうなっては、尼子の安芸における地位は消し飛び、出雲へと押し返され、伯耆における勝利など、帳消しとなってしまうだろう。


「ひ……退けっ、退けっ」


 それは幸清も同感らしく、彼は今になってようやく退き陣の命令を下した。

 だがそれも、まるで息を吹き返したかのように、巨鳥が――大内義隆の陣が、その大きな「翼」を狭めて押し包むように攻めてくる。


「囲まれる?」


 大内義隆の陣と、陶興房の手勢が、牛尾幸清と亀井秀綱、そして第二陣の安芸国人たちを包囲せんと動き出した。


「ま……まずいっ」


 この期に及んで、幸清は主君・尼子経久の雷喝を食らうのが恐ろしくなり、単身、逃げようと己の馬のみ、馬首を返した。


「牛尾どの」


 貴様、と秀綱が責めようとした時だった。

 突如、陶興房の手勢の後ろから軍勢が現れ、突撃をしかけるのが見えた。



「なっ」


 驚いたのは陶興房である。

 奇襲をしている最中に、奇襲を受ける。

 これほどの喜劇が、ほかにあろうか。

 しかしよく見ると、それほど大きな軍勢ではなく、兵数はむしろ、興房の手勢より少ない。

 だがその軍勢の(のぼり)が問題だった。


「一文字三ツ星」


 毛利の家紋。

 有田中井手の勝者、毛利の家紋。

 それが先頭に掲げられ、さらにそれに連なって、吉川や小早川、熊谷や香川といった、安芸でも比較的猛者(もさ)に位置する国人たちの姿が認められた。


「これは、たまらん」


 だが一流の将帥である興房は、元就の狙いが、牛尾幸清ら第一陣と、平賀ら第二陣の苦境を救うことにありと見抜く。


「道を空けてやれ」


 軍配を動かすと、それに連動して、陶興房というか大内の軍が綺麗に横に寄せられる。


「……怖いな」


 これは毛利元就の弁であるが、それは誰にも聞かれることもなく、そして()()うの体の牛尾幸清が、元就らに見向きもせずに駆け抜けていったため、やはり聞き返されることなく、矢のように通り過ぎていく時間により忘れ去られた。


「牛尾どのにつづけ! 退くのだ!」


 元就の目配せに、亀井秀綱はさすがに撤退の機ということを悟り、尼子兵ならびに第二陣の安芸国人らに、逃げるよう命じた。


 ……こうして、佐東銀山城を目前にして、尼子軍は敗北し、恨めしそうに、近くの原で夜営するのだった。



「なんたる醜態だ」


 鬨の声を上げる大内軍をしり目に、尼子軍・牛尾幸清は、これで出雲へ戻った場合、尼子経久からどのような叱責が、というか「処理」をされるのかが、怖くてたまらなかった。


 ひとり先んじて馬首をめぐらしていた牛尾幸清は、亀井秀綱の「退け」の言葉に、得たりかしこしと、「亀井どのがああ申しておるゆえに!」と尻馬に乗った。

 秀綱としては噴飯ものであるが、今は一刻も早く撤退をと、殿軍を自ら努めるのだった。


 一方で大内軍・陶興房は深追いを厳に禁じた。問田あたりは今こそ返り討ちをと息巻いたが、興房の次の台詞に黙った。


「では(けい)があの有田中井手の英雄と戦ってみよ。止めはせぬ」


 五倍もの戦力を相手に勝ち、しかも大将首を取ってみせた毛利元就。

 誰がそんな「危ない」男を相手に戦うか。

 今、勝ちに勝っているこの戦で、わざわざ命を落とすような真似を、誰がするか。

 ……そういう思いで、問田は黙った。


「お分かりいただけたようじゃの」


 興房は問田を一瞥(いちべつ)すると、引き上げの合図をして、尼子軍が退くと同時に、大内軍も自陣へと戻っていった。

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