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第7話 聖女ソフィアの後悔 3

「レイ……君……」


 地下室のベッドで、彼は両手両足を繋がれていた。

 心臓が飛び出しそうになりながらも、これは仕方のないことだと、エレノアさんが話してくれた。


 私は三日間眠っていたらしく、その間の出来事は、ありえないほど壮絶だった。



 私の回復のおかげもあって、レイ君の姿は元に戻った。

 しかし、外見を取り繕っただけに過ぎない。肝心の治療は何一つ施せなかったし、あの行為が彼の覚悟を無に帰すことだとわかっていた。

 それでも、レイ君の元の姿を見たくて、私は全魔力を放出した。



 その後、レズリィさんとエレノアさんは、私とレイ君を連れて街へ戻った。

 聖女教会にいけば回復術者がいる。けれども、レイ君には治療を施す箇所は一切なかったという。


 ただ一つ、右腕の呪印(・・)を除いて。

 

 【魔人化】とは、【魔人】の炎を受けたことにより同胞化する現象のことである。


 精神的、肉体的、戦闘能力の高い者がこの現象になりやすく、レイ君はまさにその姿になって【魔人】を倒した。

 けれども、今は右腕の一部が【魔人化】しており、魔力は一切感じられないにもかかわらず、魔物特有の魔素が体内に充満していることがわかった。


 最悪なことに、聖女の認識からすれば、【敵】だと認定する証拠でもあった。


 私たちは聖なる力を使って邪気を払い、魔物を倒す。

 その際、魔素を持つ対象を敵と認識する。

 教典から知識を学び、魔素を持つ魔物を駆逐してきたのだ。


 また、【魔人化】ではなくとも、死後アンデッドモンスターとなり、魔素で身体を動かして魔物化することがある。


 その症状と酷似していたため、聖女はすぐさま本部に連絡を入れようとした。


 しかし(・・・)


 そのことに気づかないレズリィさんとエレノアさんではなかった。

 今までの功績をすべて無に帰すほどの脅しにより、この出来事をなかった(・・・・)ことにした。


 レイ君が【魔人】を倒したのを知っているのは、一部の聖女とその後、関わった少数の人、そして私たちだけ、ということになる」。


  

 命に別状はないとわかった。

 しかし、右腕を何とかしなければならない。

 教会で匿うことはできず、かといって宿に泊まることも危険だ。

 誰か目に触れることも好ましくない。

 よって、売りに出ていた屋敷を即金で買い取り、レイ君を安全な場所へ移した。

 

 まず始めに呼んだのは闇ギルドで活躍している治癒魔法使いだった。

 当然私とは相反する組織だったものの、そんなものは関係なく、レイ君の右腕の様子を見てもらった。

 裏社会では相当有名人だ。私も知っている。瀕死の大悪党を一夜で治した腕を持つ術者だった。

 そんな人が一見しただけで匙を投げるほど、【魔人化】の呪いは相当なものだった。

 右腕はほぼ壊死状態になっているのにもかかわらず、魔素は右腕を媒体に命を繋いでいる。

 切断することは、心臓を抜き取る行為と同義だった。

 さらに右腕の呪印は徐々に広がりをみせており、いずれは身体全体を覆うことが予測された。


 つまりレイ君は、ふたたび【魔人化】してしまう可能性を持ってしまったのだ。


 


 これもすべて、私のせい(・・・・)で。




「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」



 レイ君は呼吸をしている。生きている。

 けれども突然叫び出し、痛みからか、腕や喉を掻きむしったという。

 あまりにも危険なので鎖で繋ぐしかなく、手足には消毒液の跡があった。


 私にできることは何もなかった。

 もうすぐ意識を取り戻し、レイ君は、きっとレイ君として声を出してくれる。


 しかしそれは、彼の覚悟を無下にし、さらなる悪魔じみた現実に引き戻すことの始まりにすぎない。




「……ぁぇ……ここは」

 

 レイ君が目を覚ましたとき、私は醜くも咽び泣き歓喜した。

 何も知らない彼に事実を伝えるまでのほんの少しの時間を、私はむごったらしく味わった。


 事実を伝えても、レイ君は私を責めるどころか気遣ってくれた。


 ありがとうございます、俺のために、すいません、と。

 彼の右腕は魔素の影響で発熱を繰り返し、激痛を伴っているとわかった。

 回復魔法を施しても意味はない。せめて、魔素を整えようと右腕に魔力を当て続けた。


 何の意味もない。ただほんの少しだけ、痛みを軽減しているだけだ。

 それも、熱湯をかけられつづけている右腕に、一滴の水を垂らしているようなもの。


 これはただ、自分が楽になる行為でしかない。

 何もできずに見守っていたら、罪悪感で押しつぶされてしまいそうだからだ。


「ソフィアさん、ありがとうございます。でも、寝てくださいね」

「大丈夫ですよ。私は元気ですから。それよりレイ君は何かしてほしいことありますか? 何か食べたいものはありますか?」

「そうですねえ。だったら、トルディのイチゴにしましょう。甘いのがいいです」

「……私の好きな食べ物を、わざと言ってますよね」

「いやほんと、今食べたいなって思ってますよ」


 ……彼は、どうしてこんなにも優しいのだろうか。


 あの日(・・・)、あのときも、彼は私の心を溶かしてくれた。


 今彼が一日で眠れる時間は30分にも満たない。

 それでも、ようやく眠りはじめたとき、彼の寝顔を見ながら過去を思い出していた――。


 ――――――――――――


 ラピルツ教典、第三章。

 聖女は目指すものではなく、生まれながらにして聖女である。


 



 私ソフィアは、はたから見れば順風満帆な聖女に見えただろう。


 魔力が高く、信仰心が強く、神への感謝も忘れず、真面目で、勤勉で、愚痴も言わない。


 笑顔も絶やさない。みんなの憧れ――という、幻想を作ることに必死だった。







「ソフィア、あんたなんか生まれてこなきゃよかった」


 私は神の寵愛を受けて出来た子ではなかった。母は日雇いで酒浸り、父は誰なのかもわからない。誰からも望まれず、誰からも期待されずに誕生した。

 くわえて、私の顔に大きな痣があったことも大勢に嫌われる要因になった。

 学校にもいけず、十歳になるまでの私はまともに人と会話すらできなかった。


 そんな中、起点となったのは母の失踪だった。

 はからずしも孤児となった私は、炊き出しで訪れていた教会に拾われることになった。

 普通の感性ならば悲しむべきところなのだろうが、私の人生において最も重要な転換期となった。


 普通ならこのあと孤児院に送られる。読み書きを教えてもらいながら成人を待つか、運がよければ養子に拾われる。

 しかし私は生来魔力が高かった。

 そんな才能があったことも嬉しく、それもあって、教会が身請けしてくれることになった。

 しかしそこでの暮らしも楽しいものではなかった。生れながらにして聖女を目指す子供たちの間に、私のような部外者が入りこんできたのだ。

 初めは可哀想な子だと思われていたが、どこかの噂から娼婦の子だと気づかれてしまってからは、誰も口を利いてくれなくなった。

 穢れた子に触れると聖女になれない、そんな言葉がまことしやかにささやかれるようになった。


 今までの人生を考えると、無視されるなんて私にとっては快適でしかなかった。

 読み書きを覚え、魔法を覚え、努力もあって、魔法の才能は開花していった。もちろん善行も重ねた。

 しかし私は、誰よりも醜い心を持っていることも自覚していた。


 人に感謝されることで、私はかろうじて自我を保っていたのだ。

 誰かに必要とされることで、自分自身を肯定していた。

 母の言葉を覆そうとしたのだ。

 この気持ちは聖女の御心とはかけ離れており、私は偽りの笑顔で聖女まで昇り切った。


 ある日、私は告解室で罪の告白を受けていた。

 男は、とある女性の子を妊娠させたという。

 しかし、責任も取らずに逃げた。


 私は偽りの笑顔で答えた。


「神はあなたをお許しになるでしょう」


 こんな男は地獄に落ちればいいと思いながら。



「そうか、許してくれてありがとよ。――ソフィア(・・・・)


 その男は私の名を読んだ。

 告解室はシスターが持ち回りで話を聞くことになっている。誰がその日を担当するのかはわからないはずだった。そもそも、私は聖女の中でも目立たないほうだ。

 なのにその男は、私のことを全て知っているかのようにスラスラと出生を話し始めた。

 男は実の父親だったのだ。


 母が苦しんで私にあたったのは、この男のせいだった。

 それでも、許すことはできなかったが。


「パパのためにさ、金を都合してくれよ。なあ、お前の出生のことを暴露していいのか? 教会は知ってるかもしらんが、街の奴らは知らないだろ? な?」


 後に知ったことだが、男は沢山の罪を犯していた。

 顔に同じ痣があったことは、私の中で最も憎むべき出来事だ。


 それでも私は彼を許した。強請りをやめ、善行を積むようにと。

 当然、彼は拒否をした。


 

 賄賂を渡すつもりはなかった。陰口には慣れている。

 私は、人を幸せになるために生まれたのだ。


 しかしある事件をきっかけに、私は積み重ねてきた人生を否定することになる。


 街人が立て続けに、何者かに刺される事件が勃発したのだ。


 告解室で、男は嬉しそうに事件を語った。


「はあ、金さえあれば悪いことしなくて済むんだけどな。そう思わないか? ソフィア」


 男は頭がよく、痕跡は残さなかった。

 どれだけ調べても証拠がない。


 次は、子供を狙うと。


 その日、私は男に金を渡した。

 

 事件はピタリとやんだ。しかし、男は味を占めたらしく、何度も金をせびるようになった。


 俺だって幸せになりたかったんだ。

 でも、生まれが最悪で。


 俺はこの痣のせいで――。


 私と同じような言葉を吐き出し、私から金を奪い取っていった。

 何度も心を改めるように伝えた。

 それでも男はヘラヘラと笑い、これでも頑張ってるんだぜと言った。

 

 私にも限界があったらしい。


 表では多くの人に笑顔を見せ、幸せに手を振り、子供たちに愛情を持って接する。


 教会では、誰も私と話すことはない。


 裏では、男に金を渡し続ける。



 ある日、私は完全に壊れた。

 

 深く、自分を守るために封じ込めていた記憶が、蘇ってしまったのだ。


「ハッ、何だこんなところに呼び出して。金くれるのか?」

「思い出したんですよ」

「ん? なんだ? 俺との思い出か?」

「いえ、母が失踪した日のことです」


 私は思い出したのだ。

 母からの暴力に耐えかね、右手に魔力を集めた。


 そして、母の顔に向けて至近距離で魔法を放った。



 母は失踪(・・)したのではない。




 ――私が、殺した(・・・)のだと。




 気づけば男に向かって魔法を放っていた。

 回復魔法を反転させると、相手の命を奪うことができる。


 私は殺す。こいつを殺す。


 母を殺し、父をも殺す。


 

 母は間違ってなどいなかった。

 

 私なんて、生まれてこなかったら良かった。



「――やめろ!」


 その時、声が聞こえた。

 私の魔法杖(ワンド)が吹き飛ばされる。


 それをしたのは、十代後半と思える男の子だった。

 初めは仲間だと思った。しかし、男の様子から違うことがわかった。


「あなたは何者ですか」

「……名前はレイ。ただの賞金稼ぎだよ。こいつのことを追いかけてきた」

「賞金首? 何を言っているのですか?」


 男には懸賞金がかかっていない。証拠も消し、すべてすり抜けてきたのだ。


「手配書だ。証拠が見つかって、ほらこの男だろ」


 見せてくれた手配書には、今までの罪がかかれていた。

 これが本当ならば、この男は生涯、牢獄から出られないだろう。


「殺すなよ。俺の獲物だ」

「…………」


 私は茫然としていた。しかし、もう後戻りはできなかった。

 母を殺した私は、父をも殺す。


 そして、私も死ぬ。


 私たちは、生きてはいけない存在だったのだ。


 しかし不意打ちのように首に攻撃を食らって気絶してしまった。


 聖女として鍛えてきた私を、彼は、軽くいなしたのだ。

 その動きからは、並々ならぬ努力を感じた。


 気づいたときには男は牢獄に入れられ、手出しもできない状態になっていた。

 彼は、そのことを私に伝えてきた。


 私はその場で大口をあけて笑った。復讐もできない、何もできない自分に。


 そしてあろうことか、私はすべてを話した。

 生まれも、思いも、自分の気持ち悪い感情も。


 彼の目には、今まで見てきた人たちとはまったく違うものを感じた。


 哀れみでも、怒りでも、気遣いでもない。


 ただ、ありのままを受け入れてくれていた。


「俺も悪いことをいっぱいしたよ。でも、今はお金を稼ぎながら悪人を倒してる。――結果的に善行になったらいいんじゃないかな。誰かが幸せに、笑顔になれば、その人にとっては聖女様だよ」


 彼は、私のすべてを肯定してくれたのだ。

 

 そのときに気づいた。

 告解室で私に罪や悩みを打ち明けていた人たちが、なぜ涙を流すのか。


 許されたからだと思ったわけじゃない。


 このまま生きていいと、あなたは幸せになってもいいんだよと後押しされたからだ。


「……レイ君ありがとうございます」

「こちらこそありがとうございます。ソフィアさん」

「……何で敬語なんですか?」

「あ、いや、やっぱ、なんていうか、年上ですし……」


 話してみると案外子供っぽさもあった彼だが、街で何度か顔を合わせるようになってからは大人な面もあるとわかった。

 弱きものを助け、強きものに媚びない。

 また、【魔人】を根絶しようとしてることを人づてに教えてもらった。


 そして私は、彼についていくと決心した。


 今までの罪も全て背負い、彼の為に尽くせるように。


 レイ君は、凄く嫌そうだったけど……もう、決めたのだ。


 そんなある日、ともに訪れた街で驚きの人物と出会った。


 なんと、私の母が生きていたのだ。

 レイ君が食べたいといった食堂で、母は、元気に働いていた。

 以前とは違う明るい笑顔で、伴侶も……いるようだった。


 嫉妬はなかった。ただ、生きていることが嬉しかった。

 そして、私のことを見て母は首を傾げた。


「……違う、よね。ごめんなさい。見つめちゃって」

「何が、ですか?」

「……私ね、娘がいたのよ。今思っても、本当に最低な親だった。あの子に許してもらえるなんて思ってない。ある日、娘の魔法が暴発してしまって、私は傷を治してもらうために教会に行ったの。そこで、娘をお願いしますってお願いしたのよ。凄い魔法使いだって、だからお願いしますって。――私といると幸せになれないとわかってたから」

「娘さんの、その後は知っているんですか?」

「立派な聖女になったみたい。一度も会ってないけど、寒がりだったからね。マフラーだけは、渡してもらってたの」


 その話を聞いて、私は思い出した。

 毎年、お礼だといってマフラーをもらっていたことを。

 私は、今まで出会った誰かだと思っていた。


 まさか、母だったなんて。


「ごめんなさい。凄く変な話をして。あなたが、娘に似ててね。――とびきり美味しいご馳走作るから、待っててね」


 母が私に気づかなかったのは、私の痣がなかったからだ。

 回復魔法で、完全に消し去った。


「言わなくていいんですか?」

「……はい。これで、いいんです。元気で良かったです。でも私は、母をやっぱり許せないので」


 彼は不思議だ。私の過去の想いもすべて洗い流してくれる。

 あの日、私は父を殺さなくて良かった。そのことを、今でも考える。

 彼の旅についてこなかったら、母とも出会えなかった。


 レイ君。


 レイ君。


 あなたは、どうしてそんなにも素晴らしいのですが。







 なのに、なのに……。


 私は、私は。




 レイ君を地獄(・・)に突き落とした。





「レイ君……ごめんなさい。でも、安心……してください。これからは、私があなたを支えます」


 彼の右腕に触れながら、心に強く決心した。

 この状態はおそろしく不安定だ。

 また【魔人化】してしまうことは間違いない。


 このことを知って、命を狙う輩が現れるかもしれない。


「……私が、守るから」


 相手がどんな善人だろうと、正義のためだろうと、私は問答無用で殺す。

 レイ君に触れることすら許さない。


 どれだけ卑怯な手を使っても、殺す。



 私の命の使い道はたった一つ、彼を守りぬくこと。

 


 レイ君を、レイ君がどんな姿になっても。

 


 たとえ相手が教会だろうと。





 私は、彼を守り続ける。

 


 




 

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