第4話 唯一の【救済】ルートだと思ってたら曇りに曇った
古代遺跡の最奥。
天井が崩落し、そこから差し込む月明かりが絶望を照らしていた。
この先に【原初の魔人】が鎮座している。
マンションほどある黒い肉塊。無数の眼球と数多の腕を持つ、生ける災厄。
意識はなく、喋ることもなく、語ることもない。
ただただ、人を食らい、殺し、国を破壊し続ける最悪な生物だ。
俺が【DWS】に転生してからすでに十八年の歳月が経過している。
物語でいえば中盤くらいか。既に破壊された国も存在するが、これでもかなり健闘したほうだ。
戦ったことは何度かある。そりゃもちろんゲーム世界に転生してまずやることは正攻法の原作知識によるクリアだ。
けどまー無理だった。物理攻撃は通らない。魔法攻撃も通らない。精神攻撃も呪術も無理。
じゃあどうすんだ? 眼球を一個ずつ破壊するしかねークソみたいな仕様。
もちろん一定時間経過すれば復活。目玉一個につき最上級魔物以上の耐久力がある。ちなみにチンタラ攻撃していたらレーザービームが飛んでくる。
触れると痛いなんてもんじゃすまない。消える。実際、俺の左手の人差し指はない。
しかし奴も生物なので破壊されまくると嫌がって逃げる。現状撃退しかなく、それも総力戦の火力特化でしか方法はない。
原作の場合はレベルを999までカンストさせた上に全ての数値をマックスまで上げればクリアできるが、そうじゃない場合は仲間を全員犠牲にして勝つしかないクソみたいな仕様だ。
もちろん、【3人】の年上ヒロインズに救済ルートはないが。
この世界に正規ヒロインたちもいることは確認した。
けど、原作主人公がいねーからか全員が個々に活動し、誰にも靡かず人生を過ごしている。俺がレズリィたちに接触したのは、そもそも全員が何もしなかったら【死ぬ】ルートしか残されていなかったからだ。マジで運営は4ね。
【魔人】は夜になると活動する。この遺跡にいることを知っているのは俺だけで、あと数時間もすれば活発に近くの国をぶっ潰す。死者は5万人だったか? 魔人もどきっていうクソみたいなおまけつきで、残りの2万人は魔物化して死ぬ。マジクソ。
でも、面白いんだよな【DWS】。
ゲームで知っていたはずなのに、見るもの触れるものすべてが新鮮だった。
この作戦が成功すれば、レズリィたちは幸せに過ごしてくれるだろう。
宿経由で書き置きもしてきた。俺は、【魔人】を前にして恐れて逃げてしまったと。
全員落胆するんだろうな。でも、ある意味で納得もしてくれるとありがたい。
もしこの作戦が成功すれば、俺のことで悩まなくて済むもんな――。
「――捕縛」
歩き出そうと思っていた次の瞬間、俺の体に手の形をした光がまとわりついた。
あまりの驚きに心臓が掴まれたかのように冷たく、痛みを感じる。
身動きが取れない。これは――。
「……ソフィアさん」
崩れた瓦礫から現れたのは、聖女ソフィアだった。
黒髪黒目、黒と白の正規服をカッチリ着こなしてるところが魅力的な、チート級の聖魔法を扱う聖職者だ。
俺のことを、まるで親の仇かのように睨んでいる。
怒るとマジでこえーんだ。この人。
「今日、神からのお告げがありました。あなたが、何かよからぬことを企んでいると。私は生まれて初めて神を疑ってしまいました。あのレイ君が、優しくて可愛くてたまらなく善人のレイ君が、そんなわけがない――と。私はレイ君のことを誰よりも知っています。だからこそ、私にとって、誰かの為に、何かしらの覚悟を決めたのかもしれないと考えたのです」
あー、もうほんとチートすぎる。
ソフィアは、【DWS】の中でもありえんほどの能力を持っている。
それは【未来予知】だ。神へのお祈りをしている時にランダムで発動する。
もちろん予期していた。しかし、こればかりはどうしようもない運ゲーだ。
初めは教会をぶっ壊そうかと思っていたが、いや、実際にした。試しに(マジで反省している)
実際はどこにいても神さえ認知すれば発動するチートだったので回避は不可能だった。
なんで、これは最悪のパターンである。
つうことは、当然。
「――レイ、お前が私たちを出し抜こうなど百年も早い。【魔人】に対して一人で挑むなど、許すわけがないだろう」
「レイくん、私たちは一蓮托生ですよ。あなただけを死なせるわけがないじゃないですか。安心してください。みんなで戦いましょうね」
レズリィとソフィアもここにいるってことか。
はー、やっぱ師匠たちは甘くねー。
俺がどれだけこの時のために頭を使ったのわかってるのだろうか。
何度も何度もシミュレーションして、絶対にバレないように、足跡も匂いの痕跡もつかないように死ぬほど遠回りした。
でもさすが【DWS】だ。俺みたいなモブで勝てるわけねーってか。
「いやほんと、師匠たちは凄いです。俺みたいな奴がどれだけ頭使っても出し抜けませんね」
ふっと、笑みをこぼす三人。
だが俺はこのパターンも考えていた。
ありえないことはありえない。それが、この【DWS】だ。
師匠たちには申し訳ないが、あまりにも卑怯な手を使わせてもらった。
しかしまーすげえよ。ソフィアの【未来予知】も。
ちゃんと、よからぬことを企んでるっていうところも、当ててんだもんな。ズリィ。
俺を拘束していた見えざる手の効力が薄くなっていく。
それに気づいたのは、エレノアだ。
「え、ソフィアさん、ソフィアさん!?」
ソフィアは、目がうつろうつろしていた。
そのままぶっ倒れそうになり、エレノアに抱きかかえられる。
俺は師匠たちと出会ってから自ら補給係になった。
それは、いつでも師匠たちを盛れるようにだ。
回復魔法ではなくポーションを使うのには様々なメリットがある。
魔力を使わないのはもちろんだが、詠唱が必要がないので瞬時に使えるのだ。
効力は様々だが、傷にぶっかけるなど使用用途は多岐にわたる。
俺は、この時のために師匠たちの限界値を完全に見極めていた。
大変もうしわけねーが、エレノアとソフィアには魔力阻害の薬をこの一カ月の間飲ませ続けていた。
このとき、この時間、このタイミングで効くようにだ。
あーほんと、補給係の時間も無駄じゃなかったな。
次にエレノアも倒れこむ。二人とも気を失ってねーのがマジで怖い。いや、完全に爆睡する量入れといたんですけど。
「レイくん……なんで、こんなことを」
「レイ君、いや、いや、いやです。あなた、あなたは……何を」
あー勘づいてしまったか。
ヤバイ。
しかし、ここからが本番。ここからが本当の戦いだ。
「レイ、私に毒は効かないぞ」
そうなんですよね。レズリィは何も効かない。
まず魔力を持っていないので阻害しても意味がない。
睡眠薬も、毒も、麻痺も、すべてレズリィは耐性を持っている。
幼い頃から限界ギリギリで飲ませられていたクソみたいな家庭環境のせいで、マジの剣術家なんだよな。
だから俺は、スッと剣を構えた。
「すいません。――時間がないんです」
これにはレズリィ師匠も予想していなかったようだ。
なんせ俺との成績は24257戦24367勝0負。
つまり一度も負けがない。
んでもって俺も勝ったことなし。当たり前。
だけどこれしかない。ここで勝つしか、俺にはアンタらを救えないんだよ。
なあ、わかってくれよ。これが最適解なんだ。これが、これしかないんだよ。
レズリィはやっぱ凄かった。
普通なら油断する。でも、その体には一切のブレも、ズレも、乱れもない。
一度も勝てなかった相手に挑むような、そんな真剣な目つきだ。
あァ、すげえよほんと。本物の剣士だ。
――だから、この一回だけ、俺が勝てるんだ。
「……カハッ……なぜ私の……レイ、やめろ……いくな……」
「本当に、今までありがとうございました」
勝負は一瞬だった。レズリィが目にもとまらぬ速度で仕掛けてきたので、回避し、カウンターを狙い、一撃を与えた。
剣が見えていた? なわけねー。レズリィの剣は一瞬だけなら音速を超える。俺ごときの動体視力で見えるわけがない。
だからこそ完全に読み切る必要があった。
どこに、どうやって、どの角度で振ってくるのか。
種もあって仕掛けもある。だから、この一勝は完全なズル。
それでも、大いに意味のある一勝だ。
「レイ、レイ、お前、やめろ、レイ……」
「レイくん、ダメ、ダメよ。なんで一人でいくの私を、先生を置いていかないで……」
「……いやです、いやいやいやいやいやいやいや、なんで、なんであなたは……」
俺は三人の横を通り過ぎる。
意識失ってくれと願うも、絶対無理だろーな。
あーでも、気合しかはいんねーよ!
一歩、また一歩と前に進む。
75歩目で、【魔人】が鎮座していた。
マンションほどある黒い肉塊。無数の眼球と数多の腕を持つ、生ける災厄。
こいつに挨拶も決意も何もかも必要ない。わざわざ台風に声をかけるか? しねーよな。
俺は、剣を片手に勢いよく真っすぐに駆けた。
【魔人】は言うなれば自動的に生物を排除する殺戮機械だ。
生物ではあれど、生物ではない動きをしてくる。
――【魔人化】マデ、3分44秒。
半分以上の魔力を使って、身体能力を強化した。
レズリィが見ていたらバカだと言われる無謀な特攻。
目玉がぎょろりと開眼し、その恐ろしさの記憶と現在がまじりあう。
目からエレノアの火力を煮詰めたような一点特化の魔力弾が飛んでくる。
当然、一撃食らえば人形が大砲食らったみたいに跡形もなく消える。
【DWS】は死にゲー。死んで、何度も何度も復活して覚えりゃいい。
けどこれは一回こっきり、失敗しても気づかないところが不幸中の幸いか。
右、左、右、右、右右右、左、上。
俺の動体視力で回避できるもんじゃない。過去の記憶を引っ張り出し、何とかクリアしたことと現在と合わせる。もちろんぶっつけ本番。一センチずれたらその部分が消滅する。
言ってる傍から1ミリズレてしまったらしく、右耳が吹っ飛んだ。血肉が飛び散り、鼓膜が破けて中まで敵の魔力が貫通してくる。
吐き気と頭痛が押し寄せてきた。ここで倒れりゃただの無駄死に。
必死にズレを調整する。
ここまで決死の覚悟で挑んでやってることはただ近づいているだけだ。
これが【DWS】。これがクソの神ゲー。
しかしアドレナリンに感謝し始める。痛みが心地よく、ドーパミンが俺の体を支配する。
「は、はははははは!」
俺に残されてるのは死。選択肢はどう死ぬか、それだけしか残されちゃいねえ。
右、左、上、右、右。
一歩半歩、二歩、後退。
やがて数メートルのところで地面に剣を突き刺し、跳躍した。
100つの目玉が俺を捉える。全てに魔力が漲り、俺は数秒後にこの世から完全に消滅する。
――だっからよぉおおおおおおおおおおおおおお。
そこで俺は左手に魔力を漲らせた。自らの心臓に突き刺し、引っこ抜く。
ビクンビクンと脈を打ち、血肉が飛び散り意識が飛びそうになる。
俺は死んだ。正しくはかろうじて生きているが、この【魔人】からすれば別の存在になった。
これは裏技だ。原作をやっているから知っている、【魔人化】の条件。
それは、近距離で命を失い、なおかつ【魔人】によって【魔人化】に適した【魔力】を持つかどうかの自動判断。俺は、寸前で魔力を爆発させていた。自らの命をかけた、本来ならまったく意味のない行為。
だがそのおかげで認識された。【魔人化】にたりうる強者だと。
目玉が飛び出し、俺の体に付着する。硝子体がにゅちゃりと音を立てながら、歯のようなものが生え、俺の体すべてを咀嚼し始めた。
いっっっっっっっ。
熱い。熱い。熱い。熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。
目の奥がドリルでえぐられてるように痛い、熱い。
手のひらが熱い。熱した鉄板に押し付けられているみたいだ。
喉が痛い。掻きむしると皮膚が濡れた紙のように簡単に剥がれ、爪がパキパキと割れて飛ぶ。骨の髄が沸騰するような、脳味噌を直接スプーンで混ぜ返されるような、冒涜的な痒みがする。
【魔人化】を舐めていた。ゲームの画面越しに見ていた「ステータス異常」なんかじゃない。 これは、捕食だ。 俺という人間が、内側から呪いに咀嚼され、消化され、別のナニカに排泄されるプロセスだ。
なんで俺ってやつはこんな選択をしちまったんだ。
苦しい、思い出せ。喚くな、思い出せ。
内側から肉が切り裂かれて新しい皮膚が生まれる。骨が砕かれて骨が生まれる。
苦しい、思い出せ、苦しい、思い出せ。
そうだ、そうだお前は、レイ、お前は――。
――この痛みを、苦しみを、肩代わりする覚悟だったんだろ。
許容しろ、苦しみを喜べ。
あァ、――、ぁあぁあぁぁああぁぁぁぁァ――。
思い出せ想い出せ、思い出せ。
そゥダ。ここハ。【DWS】ダ。
――全部、ぶっ壊せ。
【魔人】を、殺セ。
―――――― ―――――― ―――――― ―――――― ――――――
【魔人化】して【魔人】を殺す。
これが俺の考えた【救済】ルートだ。
尋常ないほど細い糸だったが、なんとか通すことができた。
【魔人】を食らいつくし、消し去った。
そう、思っていたのに。
俺の目に飛び込んできたのは、見慣れた三人の姿だった。
鼓膜がおかしいのか、音が途切れ途切れで聞こえづらい。
しかし、確かにいる。そして、俺はどこかに寝かせられているのがわかった。
身体は全く動けず、尋常じゃないほどの激痛。
特に右腕がヤバイ。車でも乗ってるのかっていうくらい圧力を感じる。
あー、口がぱくぱく動いてら。
何を話してるんだろうか。
怒られたくねー。
なんで、生きてんだよ俺。
「レイ……動くな。傷が開く。ああ、レイ……すまない、すまない……。だが、安心しろ。もう二度と、お前に剣は握らせない。……一生かけて、私がお前の人生に寄りそう。だから……安心しろ」
「……レイくんは悪い子です。先生を置いて逝こうとするなんて。そんな生徒に育てた覚えはありませんよ。レイくん、外の世界は貴方を傷つける悪いものばかり……だから、もう出なくていいんですからね。食事も、下の世話も、全部先生がしてあげますから。ゆっくり、寝ていてくださいね」
「ごめんなさい……私の祈りが足りないばかりに、貴方にこんな姿を……。でも、責任は取りますからね。私が一生を捧げて償いますから。安心してください。聞こえてますか? 聞こえてませんか? 大丈夫ですよ。たとえ聞こえなくても、私がずぅっとずっと、レイ君の傍にいますから」
なんか、師匠たちの声が、目が、曇りに曇ってませんかね……?
――おい、ちょっとちょっと、【DWS】。
こんな救済ルート求めてねえぞ!
文字数長くてすいません。
曇らせ的にはようやくプロローグが終わったところでしょうか。
これからまだまだ曇っていく師匠たちを見ていただければなと思います。
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