第3話 天使のエレノア
いっっっっっっっ。
熱い。熱い。熱い。熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。
目の奥がドリルでえぐられてるように痛い、熱い。
手のひらが熱い。熱した鉄板に押し付けられているみたいだ。
喉が痛い。掻きむしると皮膚が濡れた紙のように簡単に剥がれ、爪がパキパキと割れて飛ぶ。骨の髄が沸騰するような、脳味噌を直接スプーンで混ぜ返されるような、冒涜的な痒みがする。
【魔人化】を舐めていた。ゲームの画面越しに見ていた「ステータス異常」なんかじゃない。 これは、捕食だ。 俺という人間が、内側から呪いに咀嚼され、消化され、別のナニカに排泄されるプロセスだ。
なんで俺ってやつはこんな選択をしちまったんだ。
苦しい、思い出せ。喚くな、思い出せ。
内側から肉が切り裂かれて新しい皮膚が生まれる。骨が砕かれて骨が生まれる。
苦しい、思い出せ、苦しい、思い出せ。
そうだ、そうだお前は、レイ、お前は――。
――この痛みを、苦しみを、肩代わりするもり覚悟だったんだろ。
許容しろ、苦しみを喜べ。
あァ、――、ぁあぁあぁぁああぁぁぁぁァ――。
思い出せ想い出せ、思い出せ。
そゥダ。ここハ。【DWS】ダ。
――全部、ぶっ壊せ。
〆 〆 〆 〆
【魔人化】まで、6時間27分47秒――。
「おはよう。レイくん」
ソプラノボイスの声色が、俺の名を優しく呼ぶ。
まだ目を開けていないが、一瞬で誰だかわかってしまう。
名前はエレノア。
ファンからは親しみを込めて、天使のエレノアと呼ばれることが多い。
「あれ、エレノアさん、もう朝っすか……」
「ふふふ、外を見ればわかるでしょう? ほら、お日様に当たらないと身体が悪くなりますよ」
ぁー、と声を上げながら上半身を起こす。この世界のベッドは硬い。
寝起きはいつも腰がバキバキになるので、ポキポキと鳴らすのが日課だ。
そして俺のルーティンを理解しているからか、エレノアは至近距離で「ダメだよ」と言った。このポキポキが気持ちいーすけど。
ほんと、最高の声優を付けてくれたよな、【DWS】は。
年齢はレズリィ師匠と同じくらいだが、こっちは年齢以上の包容力がある。
むちっとした体形に真っ白の肌、体毛薄。
たわわすぎる胸、どストレートの黒髪、泣きボクロ。
で、どんな男も虜にしちまう声色。
もはや何拍子かわからないのが、エレノア。
【DWS】には、年上ヒロインと呼ばれる三大美女がいる。
レズリィは言わずもがな、二人目はエレノア(順不同)。
比べるのは最悪だとわかっちゃいるが、薄い本が一番人気だったのはこのエレノア姉さまだ。姉さんじゃなく、姉さまだ、ここ大事だから覚えておくように。
「レズリィ師匠を起こさなきゃ」
「ダメ。今日はアレの日だから、下手に近づいたら鼻、折れるわよ?」
「おっかねェ」
ちなみに冗談ではなく、マジで鼻の骨を折られたことがある。
もちろん悪気は一切ない。ただ、寝相が悪いだけだ。
で、 アレってのは、いわゆるあれではなく、過去のトラウマがフラッシュバックし、うなされている状態のことだ。
目を覚ますと記憶はないらしいが、下手に近づくとマジでヤバい。
初めは色々試したが、放置が一番安全でレズリィにっても良いので何もしない。
……最後だったが、ま、しょーがねーか。
「はいっ」
「……はい?」
するとベッドで腰を下ろし、エレノアが黒髪をかき分ける。で、満面の笑み。
なんつー破壊力。てか、んっと口をすぼめるのも謎い。
これで天然だからそりゃヤバイ。
「柔軟するんでしょ? 骨は鳴らさないようにね」
「……あざっす」
後ろを向くと、エレノアが体重を少しかけて右手を横に引っ張る。
ぐぐぐぐぐ、いやそれよりも背中が気になるんすけど。
エレノアは至って小悪魔的な人ではなく、マジでこれが素の天然なのである。
全人類の9割がたぶん赤ちゃんに見えている。恐ろしい魔物を前にしても首を少し傾け、「あらあら」と声が出るほどだ。
ちなみにこう見えて攻撃魔法主体バリバリの火力特化。
四代元素はもちろん、闇と光の混合技まで使っちまうごり押しのパワー系タイプだ。
レズリィは意外と繊細な剣術で針の糸を通すので、この辺りのギャップのツボを押さえているのは、さすが【DWS】と言わざるを得ない。
ちなみにゲームでもバリバリメインで使っていた。
後方に設置するだけでガンガン敵のHPをゴリゴリに減らしてくれる神キャラ。
以下、キャラVC
――うふふ、あらら、痛い? (初回攻撃)
――痛い? 痛いっていっても、優しくはしません。(敵HP半分)
――じゃあ、大人しく死んでね。(とどめ)
初めてこの声を聞いたときは興奮した。ただ、人生で一番怖い思いでも描き替えられた。
俺とレズリィは前衛だ。
で、後ろから訳の分かんねえ火力が飛んでくる。
もちろんフレンドリーファイアの設定はON。当たったことはないが、耳がチリっと焦げるくらいの距離には魔法が通る。
例えるなら大砲を後ろに置かれ、その前で戦ってくださいねーって感じ。そりゃ無茶な話ですよ。まあ、その無茶を通してきたわけだが。
こんなことで頭をいっぱいにしているのは、背中やら腕やら太ももやらが、柔らかい何かで押しつぶされているからだ。
ほんと、戦闘中以外は、なんでこんなに無防備なんすかねえ。
「気持ちいい? レイくん」
「はい、かなり」
「ふふふ、レイくんが気持ちよくて良かった。他の人はこんなふうに背中を預けちゃダメよ?」
ほんと、言動も合わせてだよ。アンタ。
ちなみに刺されるかもしれないからダメだよ、という意味だ。
極悪な【DWS】ではよくある。
だが、この笑顔と声を聞くたび、俺は【DWS】の運営の卑劣さを思い出す。
【魔人化】は文字だと可愛げや中二病臭さもあるが、見た目は最悪。悪魔そのものに変化するのだ。
特にエレノアは醜悪な風貌に変わってしまう。このピアノの音色のように優しい声も、耳をつんざくような声に変わってしまう。
ほんと、クソだ。
だからしっかり耳に焼き付けとく。
「ソフィアさんはどこですか??」
「聖堂に行ったよ。朝早くからお祈り、ほんと欠かさずに偉いよね」
「確かに。一日たりも欠かしてるの見たことないですよね。大雨の日も、雨に打たれながらしてましたしね」
残念だが、最後の挨拶はどうやらできなさそうだ。
まあ、夜には少し話せたししょうがないか。
「エレノアさん、ありがとうございました」
「ふふ、まるでお別れの挨拶みたいね」
ね、じゃなくてそうです。
でも、俺は満足すぎる人生を歩みました。
すると、エレノア姉さまが俺を見つめている。
「――レイくん、あなたと出会ってから人生が凄く凄く楽しい。こんなにも世界が輝いていることに気づかなかった。眠ることが唯一の救いだったのに、今は一日が過ぎることがたまらなく寂しい。――レイくん、戦いが終わったらもっと色んな国へ行こうね」
エレノアは良家の生まれだが、まーちょっと口には出せないほどひでー家だった。
原作を知っていたおかげで最悪バットエンドルートは抜け出せたが、そもそもRTAでも間に合わない速度だったので初めて会ったときはずっと病んでいた。まあ、願わくばこのまま人生を幸せに全うしていただきたい。
「……うっす」
「返事は、はいでしょ? もう忘れたの?」
「はい、先生」
それから俺は用事があるといって外へ出た。
短いような長いような旅の終わり。【DWS】はやっぱ神ゲーだった。
鬱ゲーでも泣きゲーでも無くせば、それこそ史上最高のゲームだ。
最後にソフィアさんに会いたかったな。 でもあの人、俺の嘘を見抜くのが上手すぎる。
下手に顔を合わせてたらその瞬間に全てを悟られて、地下牢に監禁されかねない。ちょうどいいか、これで。
ふと空を見上げる。早朝の曇り空。
実際の【DWS】なら夕方頃にレズリィ、ソフィア、エレノアが【魔人化】して街を破壊する。厳しくも優しい彼女たちが、女も子供も食らいつくす。クソすぎる。
戦わずに逃げればいいんじゃねという結論に至ったこともある。でも三人とも、誰かが苦しんでいることを見過ごせないと決意は固かった。
あの人達は凄い。マジで凄い。性格の良さも、強さも。ゲームのときより何倍もわかった。ここで絶対死んではいけない。絶対に人を殺すなんて業を背負ってはいけない。
幸せに、人生を全うしてほしい。
この先を例えるなら……自己犠牲エンドルート? 最高だ。
俺一人の命で、三人も救えるならお釣りが山ほどくる。
もしここに【DWS】の運営がいるなら悪態をつきたいところだ。
お前の目論見は、俺が破ってやるぞ――と。




