第2話 レズリィの本音
「レイ、剣を振るのはやめろ。――レイ、聞いてるのか! やめろと言ってるだろうが……っ!」
ハッっ、とレズリィの声で目が覚めるように我に返る。
どうやら夢中になりすぎていたようだ。
右腕を抑えられて、その力強さでまた申し訳なくなる。
「……すいません」
「まったく……ほら、手を見せろ。お前は、いつも頑張りすぎだ」
俺の手のひらは何度も何度も何度もすりつぶされ、それが何層にも重なってマメができていた。血でくっそ汚いにもかかわらず、師匠は消毒液を取り出し、優しく布で拭いてくれる。
朝はよく寝坊する。飯は豪快に食らう。ムカつくやつがいたらぶん殴る。悪態だってつく。
でも、こういうときはなぜか死ぬほど丁寧なんだよな。
師匠はきっと、俺に呆れている。
手取り足とり剣術の基礎から教えているというのに、一向に上達しない凡人を相手にしているからだ。
だけど、本来の原作主人公は違う。スポンジが水を吸収するかのごとく、1を知れば10で返す。
で、レズリィはそれが楽しくなるんだよな。今まで自信がなかった彼女は、主人公が強くなっていくことが嬉しくてたまらなくなる。
好敵手でありながらも、自分に自信をつけさせてくれる、そんな存在だ。
で、レイ。つまり俺はその真逆。
何度やっても上達しない。何度やっても同じところで間違える。
一歩進めば二歩下がり、そりゃレズリィも嫌になるだろう。
最悪なのは、俺がレズリィに恩を感じさせてしまったってことだ。
正直ほとほと愛想ついてるだろうが、こうやってずっと面倒を見てくれる。
包帯を取り出し、手際よく撒いてくれる。
そして傷跡をしげしげと見つめた。
……あー、後悔してるだろうな。
なんでこんな傷がつくんだろうと思ってるに違いない。
「……不甲斐ないな」
ですよねー。わかります。ほんと、申し訳ない。
「すいません、ボロボロで」
「ハッ、お前は確かに……傷が多いよ」
レズリィは顔を上げて、俺の上半身を見た。
汗をかくからいつも服は脱いでいるのだが、情けねーほど傷だらけだ。
そして、背中の傷に手を触れる。手、あったけー。
「この背中の傷は、リヴァイアサンと戦ったときのか」
「そうですね。あの攻撃は……痛かったな」
船の上で戦うイベント、リヴァイアサンとのボス戦だ。
あれほどレズリィに尾に気を付けろ言われていたが、避けることができず、凄まじい一撃を受けた。
原作主人公の運動能力なら食らうはずのない、なんてことのない大振りの攻撃だ。
これは名誉の負傷ではなく、ただ弱者の証。
レズリィはまじまじと見つめて、次の傷の思い出を語りながら触れる。
情けないって思ってんだろうな。原作を知ってるからこそわかるわ。
弟子が全く成長しなくて、むしろ自己嫌悪に陥ってそうだ。
「こうして見ると、お前との思い出がすぐにわかるな」
「はは、ならこの傷も意味があったかも」
「……すまない」
「ん、なんか言いました?」
「……何でもないさ。手の消毒は終わったぞ。今日はもう寝ろ」
「もしやりたくなったら?」
「その時は強制的に眠らせてやる」
怖い。実際に手を出すことはあんまり――いや、結構あるか。
といっても、俺が無茶したときだけだ。口は悪いが根は優しい、それが【師匠】。
「勘弁してください」
「――レイ。お前は何もするなよ。【魔人】と戦うのは私たちでいい。もし何かあったら、そのときは逃げろ。いいな?」
レズリィはそうやって俺を睨みつけた。
役立たずに対してもこうやって優しく諭してくれるのはありがたい。
ほんと、俺がもっと強ければ良かったのに。
俺たちは当てもない旅をしてきたわけじゃない。
明日、この先の遺跡を根城にしている【魔人】と戦う。
なんでここにいるのかわかったのかは、そりゃもちろん原作のおかげだ。
レズリィ含め正義の味方というわけではなく、ただたんに、誰かがやらなければ世界が破滅するから行動している、という体。
実際は、師匠たちが【魔人化】して死んでしまうからだ。
「前向きに善処します」
「これは師匠としての命令だ。わかったな?」
「うっす」
身体を動かすのをやめたからか、段々と寒くなってくる。
服を着て、剣を拾い上げようとしたら、怒られてしまう。
「私が片付けておく。お前は先に戻ってろ」
「わかりました。すいません、何から何まで」
「お前の睡眠時間は私にとっても大事だ。なんせ、私は朝が弱い」
「知ってます。ちゃんと起こすんで」
軽口をたたいて怒られそうだったので、その場を去る。
レズリィは剣を拾い上げると、まじまじと見つめていた。
俺がいなくなったら、次の弟子を見つけてほしいな。
多分、どんなやつでも俺よりは成長が早いだろう。
結果で教えられなかったのは申し訳ないが、ほんと、俺にはもったいねー人だった。
すいません、師匠。
――――――
「……まったくあいつは何を勘違いしているんだ」
誰もいない広場で、レズリィは呟いた。
手には、ボロボロになった弟子の木剣。血と汗が染み込んだその柄を、彼女は強く握りしめながら考える。
レイは、わかっていない。
あいつには類まれな才能がある。それに気づかないのは、私が不甲斐ないからだ。
レイは、こんな腐った私の言葉を、心から信頼してくれている。
なのに、どうして私はあいつを守ってあげられないんだ。
リヴァイアサンの時だってそうだ。あいつは自分のせいだと言っているが、レイは私を庇って、あの傷を負った。
傷を見るたび、胸が張り裂けそうになる。
あいつの身体に刻まれた傷は、すべて私の未熟さの証明だ。
自分は弱いと思ってしまっている。
いずれは、私をも超える。
そのことを、声で伝えるのではなく、実感してもらいたい。
それが師匠である私の、あいつにできる恩返しだ。




