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キレると記憶なくすやつ

作者: 雉白書屋

 昼、とある病室にて――。入院中の男の病室を、友人が見舞いに訪れた。


「あ、おう!」

「お、おっす」


「なーにしけた面してんだよ! ははは!」

「ああ……」


「いやー、昨夜はごめんなあ。おれさあ、前にも言ったと思うんだけど、キレると記憶なくしちゃうんだよねえ」

「お、おう……」


「ほんともう、相手が誰だろうとバーン! っていくしね」

「あー……」


「いやー、ほんと困るよなあ。自分でも怖いっていうか。ははは!」

「そっか……」


「……なあ、本当におれ、何した?」

「いや、何っていうか……全然覚えてないのか?」


「ああ……だからさ、なんでおれがこんな怪我して入院してんのか、全然わかんねえんだよ! なあ、なんで!? 普通、お前だろ!」

「いや、普通って?」


「普通、おれがキレて記憶なくして、『ああ、友達のお前にこんな怪我させちまった……』ってパターンじゃん! わかるだろ!?」

「いや、わからないけど、そこは自制しろよ」


「それができないんだよ……ほんと、キレたら制御きかねえんだ……。で、おれ、何したんだ? さっき起きたばっかでさ。なんか思い出せなくてな……。昨日の夜、お前と居酒屋に飲みに行ったことまでは覚えてるんだけど……」

「ああ、店を出ようとした男がぶつかってきたのは覚えてる? 相手がよろけてさ、結構強めに肩が当たったんだよ」


「男……いや、まったく思い出せない」

「かなりいかつい男だったよ。『あ、ヤクザだ』って思ったもん」


「なるほどな。そいつと喧嘩しちまったのか。ああ、おれってキレると強そうなやつにもガンガン向かってっちゃうからなあ。……しかし、ヤクザか。これは面倒なことになりそうだな……」

「いや、全然喧嘩にならなかったよ。『悪いな、兄ちゃん』って向こうがちゃんと謝ってくれて、お前はへらへらしながら『いいんですよお』なんて猫撫で声で返してさ」


「あー……ギリ耐えたんだな。いや、よかったよ。店にも迷惑かかっちまうしな」

「で、そのあと、すげースタイルのいい美人と若い男が店に入ってきてさ。隣の席に座ったんだよ。しばらくすると、男がお前に向かって『おい、何見てんだよ!』って怒鳴ってさ」


「あー、ははは。因縁つけてきたわけか。しょうがねえなあ。男ってのは女の前でカッコつけたくなるんだよなあ」

「いや、お前がその美人を見てたのは事実だよ。胸をがっつり凝視してさ。ほんとキモかった」


「なんだよそれ! クソッ! 全然覚えてねえよ!」

「そこ、残念がるのかよ」


「で、喧嘩になったわけか。あ、まさかその男もこの病院に入院してんじゃねえだろうな? ここ個室だからいいけど、廊下で鉢合わせたら気まずいな……」

「いや、お前すぐにへこへこ謝り出したよ。『すみませえええん!』って、土下座する勢いでさ」


「相手を立てたってわけか……おれも心が広いな」

「そのあと、ブツブツ呪詛みたいなのを呟いてたけどな」


「細かいことはいいんだよ。で、それからどうしたんだよ」

「居づらいとか言って、店を出たんだよ。お前めちゃくちゃイライラしててさ、横で見てるだけで、すげえうざかった」


「いや、そういうときのおれには気をつけたほうがいいぞ。おれがキレたら、友達だろうが関係ねえんだからな……」

「で、前から会社員のグループが歩いてきてさ、そのうちの一人とお前、肩がぶつかったんだよ」


「お、ついにか」

「相手も酔っててさ、結構ぐいぐい来たんだよな。それで、ついに――」


「キレちまったか。かー! でもまあ、相手が複数なら入院も納得だな。とはいえ、向こうにもかなりの怪我をさせちまったんだろうけどな」

「いや、お前ついに土下座したんだよ」


「土下座!?」

「そう。めちゃくちゃ震えながら土下座してさ、相手を引かせてたよ。二つの意味で」


「うるせえな! で、それからどうしたんだよ」

「許してもらったあと、『ああっ!』とか『クソッ!』とか小声で悪態つきながら、駅に向かって歩いてさ」


「もうギリギリだな。そろそろか」

「『勝てたけどな!』とか独り言呟きながら、こっちをちらちら見てきてうざかったから、撒いてコンビニに行ったんだよ。だから、お前がどうしてそんな怪我したのか、まったくわからない。正直、引いてる」


「……は? はああああ!? おま、じゃあ、なんだったんだよ、これまでの話はよおお! うぅぅぅ……ああ、キレそう、キレそう、ああ、キレる、キレそうだ、キレそうです」

「申告制なの?」


 彼が呻いていると、病室のドアをノックする音がした。静かに開き、スーツ姿の男が一人入ってきた。


「やあ、どうも。起きたと聞いてね」


「え、どうも……あの、どちらさまですか?」

「お前、キレそうじゃなかったの? 外面対応じゃん」


「うるせえなっ」


「えーっと、そちらの方はお友達かな?」


「ええ、一応」

「一応って、お前。キレるぞ」


「そうか……。もう話したのかな? 昨日の件は内密にしてもらえると助かるんだけどね」


「え、昨日の……?」


「そう、私が車で君を撥ねてしまったことだよ。いやあ、それにしてもお互い運が悪かったね。よりによってというか、普段は運転手に任せているんだが、昨日はオフでね。趣味のドライブが、まったく最悪な一日になったよ。でもまあ、病院を手配し、治療費の支払いもこちらが負担するからさ。許してよ」


「あ、あんた、あんたが……う、ううううぅぅ」

「お、ついにか?」


「ん? もしかして、私のことを知らないかな? 市長なんだけどね」


「ううううぅぅぅ……いやあ、お互い嫌なことは忘れましょうか! はははは!」

「お前、キレなくても記憶なくすじゃん」

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