おばあちゃんと私
私のおばあちゃんは三年前に認知症が発覚致しましてほどなく実家から遠く離れた有料の老人ホームに入る事となりました
私としてはおばあちゃんの認知症の症状というのが所謂まだら認知症というのもあり当時はまだ症状が余り実感しづらく私にとって長らく一緒に暮らした穏やかで優しいおばあちゃんでしたのでそんなおばあちゃんが家からいなくなるのはとても寂しくあり、反面見聞きした程度の知識ですら察せられる認知症を在宅介護する困難さや実家から通える範囲での適したデイサービスケアの無さ故に仕方ないとも思う、複雑な心境でした
おばあちゃんの趣味は読書だったのですが書架に山のようにあった蔵書全てを持ち込む事は部屋の広さを考えてもとてもとても無理でしたので私と一緒にお気に入りの幾らかだけ選んで段ボールに詰め、私がおばあちゃん新しく住む部屋へ運び入れました
老人ホームへの引っ越しが済んだ初めての夜、まだ片付けきれていない荷物を横にベッドに腰かけたおばあちゃんの頼りなげな視線が本当に寂しそうでこのような形でおばあちゃんをたった一人置いて家に帰る私もやっぱり悲しくて泣いたのを覚えています
そんな心配とは裏腹に職員の方々を初めホームに入居している他の方々もとても良くして下さり歳の近い友人まで出来ておばあちゃんも幸せそうであったように思います
だからか私自身も認知症というのが遅らせる事は出来ても治らない病気だということをつい忘れてしまったのかも知れません
私がおばあちゃんの異変に気付きはじめたのは入居して二年目の夏でした
不意におばあちゃんの口からいつになったら実家に帰れるようになるの?という発言が度々聞かれるようになったのです
おばあちゃんとは何度もお話をして認知症の介護が在宅では出来ない事、つまりもうお家には帰れないという事を納得した上でこちらに入居した筈でした
私は最初おばあちゃんが認知症である事もすっかり意識の外できっと寂しくて仕方がなくって家に帰りたいって言ってるんだ、なんて思っていました
けれど話していく内に本当におばあちゃんは日によってもう帰れないって事を思い出せなくなってるんだ、と気付きました
そこからは段々はっきりと分かるぐらいに認知症の症状を意識する事が増えていきました
折角仲良くなった老人ホームの友達とも話さなくなっていき次第に自室に一人こもっている事が多くなりました
あれだけ好きだった本、老人ホームの中庭に咲いた季節の花と風に揺られて座り私が帰るまでずっと読み耽っていたのに段々読めなくなっているみたいでした
テレビを観ても何を言ってるか分からない、つまらない、とチャンネルを次々変えてすぐに消してしまいます
辛かったです、私の好きなおばあちゃんが少しずつゆっくりとヒビが入って割れていくようで
やがて年が明ける頃にはもう私がお見舞いにいってる時間ずっとほとんど同じ話題を繰り返し繰り返し話す、そんな風になっていました
そこにきて私はようやくおばあちゃんがいなくなるかも知れない、と考えはじめるようになりました
私が大好きだった、今でも大好きなおばあちゃん
そんなおばあちゃんが生きる間に私がしてあげられる事、したい事はなんだろうと考えました
大好きなおばあちゃんを忘れないでいること
それが当時の私が精一杯考えて出した答えでした
それからは今までよりずっと長く出来るだけ多くおばあちゃんの所に通いました
何度も何度も同じ話をする中で少しずつ私の知らない事、おばあちゃんに聞いてみました
何の実りもない日もありました、でも結果的におばあちゃんと沢山色んな話が出来たと思います
おばあちゃんの両親、ひいおじいちゃんひいおばあちゃんの事、おじいちゃんと出会って結婚した事、おじいちゃんが死んで片親で必死にお父さん叔父さんを育てた事、お父さんがお母さんと結婚した日の事、私が、生まれた事
それは同じところを数え切れないぐらいループする途方もない作業でしたけれど、私は幸せでした
それからおばあちゃんを外に連れていける日には綺麗な木々や花々が咲く公園へ一緒にいって隣で本を読みました
活字の上に金木犀が舞う秋がえもいわれず美しいこと、おばあちゃんがいなければきっと知れなかったでしょうね
そしてとうとうおばあちゃんが入居して三年目の十二月におばあちゃんは私たちの前からいなくなりました
私はきっとまだまだ認知症について知らない事沢山あるでしょうし介護の職員さんや両親、親戚が負担を肩代わりしてくれたからこそみなくて済んだ事、背負わなくて済んだ事、きっと沢山あると思います
おばあちゃんのお世話を最後までしてくれた皆さんありがとうございます
それから最後におばあちゃんへ
私が幼稚園の時に運動会で初めてプレゼントした写真と手紙まだ取っててくれたんですね
おばあちゃんが机の引き出しの一番奥に隠していたせいでいなくなるまで気付きませんでした
ありがとう、最後までずっと私を忘れないでいてくれようとしてくれて
さようなら、大好きな大好きなおばあちゃん




