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「で、これが、特事の連中がやってた大規模捜査の命令書だそ〜だ」
私は会議室に集めた部下達にそう言って、エリート糞野郎2名が持って来た「命令書」とやらのコピーを渡した。
いわゆる「特事」とは、元々は、公安の中でも「外事」や左翼勢力・右翼団体・カルト宗教などの「内事」ほどに専門化していない「何でも屋」だ。
しかし、二〇〇一年の、あの秋の日のアメリカ合衆国(当時の呼び名)のニューヨーク市で起きた例の事件のせいで「異能力者」の存在が明るみに出た挙句……それも当の「異能力者」達こそが、自分達の同類が、こんなにも大量に居た事に一番驚いたという笑い話のような事態となり、では、異能力を使った犯罪が行なわれた場合、担当はどこにするかが警察内で問題に……具体的には、異能力犯罪の捜査部門は刑事部門と公安部門のどちらの下位部門にするかの議論が続き……。
その問題についての議論が解決の目処さえ見えない内に(と言っても、10年前後の時間が過ぎていたが)、第2次朝鮮戦争が起きたかと思えば、1週間で韓国が北朝鮮を併合し……ところが、火元の朝鮮半島は平和になったのに、中国やロシアに飛んだ火の粉は大火事へと変り……。
まぁ、最終的なオチとなったアメリカの分裂など些事に思えるほどの国際政治の大異変の大連続による影響は、当然ながら日本の公安警察にも及び、「日本にスパイを送り込みそうな国」の代表格である中国とロシアは仲良く民主化してしまい、外事の仕事は激減、これまでのノウハウが使いモノにならなくなったせいで、その激減した仕事さえマトモにこなせなくなり、とうとう「使いモノにならない奴をとりあえずブチ込むゴミ箱」扱いされるのは、まだ、マシで、「外事は障害児」などというコンプライアンス上非常に問題の有る陰口が叩かれるようになった。
一方、内事部門の方も「カルト宗教を捜査してたら、教祖に本当に『その手の能力』が有った。下手に、そんな『本物の力が有る』教祖を逮捕したはいいが、『ほんのちょっとした事故』で拘置所が丸ごと心霊スポット化」「非異能力者の『テロリスト』の正体は、監視してた団体の関係者などではなく、公安の担当部門の連中からすれば『誰だ、それ?』なネット右翼ですらない『ライトな保守』『ネット上の有名人』。別件で捜査をしてた県警の捜一に横から手柄をかっさらわれる」などというズンドコにも程が有る事態が連発し……とうとう、90年代半ばに起きた警察庁長官狙撃事件は、当り前のように未解決のまま時効を迎え、これまた当り前のように共同捜査してた刑事部からは「公安の奴らは、個々人はちゃんと能力が有るのに、出した結果を見ると何故か無能。下手な異能力なんて目じゃない超常現象だ」などと、こっちは陰口ではなく、公然と言われる事態になってしまった。
その結果、結局は、公安の中で相対的に一番有能だったのは「何でも屋」の筈だった「特事」という事になってしまい、最終的には「他の部門の管轄のどれにもうまく当てはまらない事案を扱う」筈の「特事」が公安内で一番人員が多い部門と化したのだ。
「命令書って言いますか、これ?」
チーム内でもIT関係担当の後方支援要員の都甲隆介が、これ見よがしに、私が渡したコピーを一同に見せ付ける。
「命令書の起草者、黒塗り。命令書の審査・承認のハンコ……黒塗り。命令内容、黒塗り。しかも異様に短いんで……かろうじて、推測出来るのは、一番肝心な事は、この命令書には書かれてなくて、黒塗りされてなくても、この命令書だけ見たら、何の捜査か訳が判んなかっただろう事だけぇ〜。この命令は一体全体、どこの誰に下されたモノか?……数十ページに渡って、全部黒塗り。行数からして、たしかに、全国の県警の公安部門と俺ら広域公安の『特事』部門の奴の7〜8割ぐらいの数が、この捜査に関わってると推測は出来ますが……そもそも、これが、どの部門が出した命令書か丸で判んないんで、そもそも、ここに載ってた名前が『特事』の連中だってのも根拠レスの推測っす。文書管理№……はい、黒塗り。一番訳が判んないのが、発令日まで黒塗り」
「おい、隊長……。この命令書、ホンモノか?」
私に、そう問いかけた大男は……ウチのチームの副隊長の後藤裕一だ。
「私に言われても、私の方も、これ渡された時には、頭抱えたんだ」
「で……何で、広域公安の熊本支局に話が来たんですか? 同じ九州でも、一番、人員が多いのは福岡県でしょ? 福岡県統括部に話を持って行った方が……」
質問者は黒木壮太。前線要員の1人だ。
「それが……」
それが問題だ……。
公安である以上、同じオフィスの隣の島の奴らが何をやってるか良く知らないし、知る訳にも行かない。
広域公安であれ、各道府県警の公安部門であれ……「全体像」を知っているのは、ほんの一握りに過ぎない。
この件についても「全体像」を知ってるエラいさんが、日本全国で10人以上居たなら……10年前の富士山の歴史的大噴火すら遥かに超える異常事態だろう。
公安警察の捜査官も殴り込み部隊も、ほぼ全員が、将棋のコマだ。それも「と金」になる事さえ無い、単なる「歩」のままで定年を迎える奴らが99%以上だ。
これが、フィクションでは「すごく有能」に描かれる……公安の実状だ。
私に、この面倒事を持ち込んだ糞エリート様でさえ、単なる使いっ走りに過ぎないのだろう。
そう……オフィスでは背中合わせの席に居る奴が何をやってるか知らないのに……同じ警察機構とは言え、隣の県の支局の奴らの事なんて……。
「福岡のK−SATチームは事実壊滅している。原因やら理由やら、いつからそうなってるのかやらは、教えてもらえなかった」
……。
…………。
……………………。
「どうなってんだ、そりゃ?」
私がやった衝撃の告白から、どれだけ時間が過ぎただろうか? ようやく、後藤が口を開いた。
「知らん。福岡のチームは、何故か、つい最近、ベテランの大半が『自己都合退職』したとさ。鉤括弧付きのな」
「おい、それって……」
「ベテラン・メンバーのほぼ全員が、表沙汰に出来ないポカをやったか、さもなくば、これまた表沙汰に出来ない経緯で、仕事を続けられないレベルの大怪我を負ったり死んだりしたのか……詳しい事は不明だが、今の福岡県のK−SATのメンバーはズブの新人ばかりだそ〜だ」
つまる所……。
「早い話が、私達が……九州のK−SATの中で、今の時点での事実上の最強チームらしい……」