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かつての理系女は友を気遣う

 アンたち4人は前線に近い補給基地ヘルムスベルクに出ることになった。戦争全体については近衛騎士団にフィリップにつめてもらい、伝書鳩魔法で知らせてもらう。ケネスも王都に到着次第フィリップの補佐に当たってもらうことにした。

 

 アンはもう一つだけ懸念があった。

「補給部隊の護衛体制はいかがお考えでしょうか」

 マティアスはちょっとつまって、答える。

「補給部隊の護衛は、ごく少数の人数でと考えております。野盗などであればそれで充分かと」

「私が危惧しているのは、少数の敵が秘密裏に森を突破し、ノルトラント内部に浸透して遊撃戦を繰り広げることです」

「遊撃戦ですか」

「そうです、小規模の部隊が我が国に潜入、隠密行動をとるかもしれません。その場合、我が軍の背後をつくとか、補給基地を叩くとか、後方の撹乱が考えられます。敵が優勢であれば単純に村などを襲うかもしれませんが、敵が劣勢になったとき、我が方の補給部隊を積極的に狙いませんでしょうか?」

「う、うむ、そうなりますと動員計画をやり直しませんと」

「冒険者をお使いになったらどうでしょうか」

「ぼ、冒険者ですか。冒険者が軍に協力するでしょうか」

「はい、戦争になれば冒険どころではないでしょう。きちんと報酬を払えば冒険者はやってくれるのではないでしょうか。冒険者まで軍に協力すると慣れば、国民も国家総力戦ということが自覚され、軍への協力も仰ぎやすいでしょう。ただ、冒険者が集まるまでは第二騎士団に少し負担をお願いできれば」

「いえ、そこは近衛騎士団が行いましょう」

「大丈夫ですか」

「はい、国王陛下の許可がいりますが、そこは何とかいたします」

 マティアス武官長は足早に去っていった。

 

 今度はヴェローニカが話し出した。

「アン様、私は第三騎士団に戻り、出立の準備をいたします。アン様はいかがなされますか?」

「私も同行いたします。ですが、ヘレン、あなたはもう少しだけこちらに残って、フィリップ殿と連絡方法について詰めてください」

 するとヘレンがキッとした顔になって立ち上がった。

「アン様、私も一緒に参ります」

 もう笑顔ですらなかった。アンも立ち上がった。

「いえ、内容は一任しますから、確実・詳細につめてください」

 そしてヘレンを抱きしめて、耳元に小声で言った。

「お願いだから、私を鬼にしないで」

 ヘレンも小声で言った。

「ありがと。すぐ追いつくから」

「うん」

 

 アンは涙が出そうだったので、すぐに行動することにした。

「ではみなさん、参りましょう。フィリップ、ヘレンをお願いします」


 第三騎士団にもどる馬車では、アンは正直寂しかった。いつもならそばにいるヘレンが別行動をしているからである。すぐに追いつくとは言っていたが、それでもそばにいないのがつらい。先刻ヘレンとフローラを王都に残そうとしたが、それは間違いだった。ヘレンに余計な気遣いをしてしまったし、自分自身ヘレンとフローラなしに前線に出れると思えない。あとでもう一度謝ったほうがいいか、真剣に悩む。

 アンのそんな雰囲気のせいか、車内では騎士団到着までだれも口をきかなかった。

 

 第三騎士団は静かだったが、アンがいつもの部屋にもどったあたりから騒然とし始めた。アンを警護してヘルムスベルクに出ることが伝わったのだろう。

 アンも荷造りを始めることにした。着替え程度があればいいと思うので、すぐに荷物はできてしまう。こんなものかと思っていたら、ユリアとウィルマがやってきた。みな荷造りがほぼできているのを見てユリアは、

「遅くなり申し訳ありません、一応お荷物をお見せいただけないでしょうか」

と言ってくれる。アンとしてはプロのチェックが入るのはありがたいので、

「急なことでご迷惑をおかけします。よろしくお願いいたします」

と答えた。

 ユリアとウィルマは4人分すべてチェックして、ウィルマが言った。

「皆様、礼装をお持ちください。アン様は聖女の礼装、その他の方は騎士の礼装をお願いします」

「え、礼装など使う機会があるのですか?」

「ございます。戦ですからかならず戦死者が出ます。戦場ですから略装でも問題ないですが、どうか国のために死んだものを礼装でお送りいただきたく存じます」

 アンは衝撃を受けた。口では死者だの損害だの言っていた。ウィルマは戦死者を弔う際に、礼装を着て欲しいと言っているのだ。最大の弔慰を示して欲しいと言っているのだ。

 アンは素直に詫びた。

「思慮が足りず、大変申し訳ありません。現地で戦う皆さんに力を与えられるよう、努力いたします」

「どうかお顔をお上げください。出過ぎたことを申し上げ、申し訳ございません」

「いえ、私の至らぬ点は、いつでもお教えいただけますと助かります」


 夕食前にヘレンは戻ってきた。一言だけ、

「ありがと、聖女様」

と言った。アンにはそれだけで、もう自分たちの間にわだかまりはないことがわかった。

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