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かつての理系女は謁見する

 近衛騎士団の第一作戦室で、アン達は騎士たちにお茶を配ったり議論に加わったりしていた。お茶をくばることにより方方のグループに顔を出していたせいで、アンには騎士たちが何を議論しているのかは大体わかった。要はどこにどれだけの兵力を割くか、である。侵攻が予想される地点に防衛に必要な兵力を置き、予備兵力の配置も考える。侵攻地点が予想と異なった場合に備えることも必要だ。後方には補給地点も置かれる。

 アンは気になったことをたまたま近くに居たマティアス武官長に聞いた。

「マティアス様、補給地点と補給部隊の護衛計画はどうなっていますでしょうか」

「護衛計画ですと?」

「もしですよ、小規模な敵部隊が秘密裏に森を突破し、遊撃部隊として我が方の補給部隊を襲ったらどうなりますか?」

 マティアスはまじまじをアンの顔をみつめ、やがて呆れたように言った。

「アン様は耳の痛いお話ばかりされますな」

「申し訳ありません」

「いや、とんでもない、補給の連中に言ってきましょう」


 マティアス武官長が去ると、こんどはヴェローニカ第三騎士団長がやってきた。

「アン様、ご活躍中のところ申し訳ありませんが、みなさんでお越しいただきたいのですが」

「はい、それはフィリップもですか?」

「はい」

「少々お待ちください」

 アンはヘレンとフィリップのところに行った。二人はアンが命じた休憩などせず、お茶の用意に精を出していた。それはそれでよかったとは思うが、とにかく声をかける。

「ヘレン、フィリップ、なんか呼び出しがかかってるみたい」

「そうなの?」

「うん、よくわからんけど」

 フローラとネリスは、だれかが呼んでくれたのだろう、アン達のところにやって来た。

 ヴェローニカは、

「みなさんお揃いですな、これから国王陛下に謁見していただきます」

と告げた。


 近衛騎士団から王宮まで大した距離ではないが、それでも馬車が待っていた。車内でフローラが話しかけて来た。

「アン、ついにこのときが来たね」

「うん、まあこれだけの騒ぎを起こしているんだから、予想してたけどね」

 そんな会話をヴェローニカはニヤッとしながら聞いている。

 ネリスが、

「なんのお話じゃろな?」

と聞いてくるのでアンは、

「ま、状況の報告を言い出しっぺから直接聞きたいってところじゃないの」

と適当に答えておいた。それを聞いたフィリップは、

「聖女様は落ち着いてるな、国王陛下だぞ、ふつうビビるぞ」

などと言う。

「何言ってるの、あんた中等学校の卒業式で陛下直々にお褒めのお言葉いただいたんじゃないの?」

「そうだけどさ、国王陛下だぞ、この国のトップだぞ」

「だけどね、学会発表直前の緊張に比べたら、私は余裕」

 するとヴェローニカは口を挟んできた。

「学会というのはなんでしょうか?」

 アンは気楽に答える。

「はい、前の世界で私は学者を目指していましたが、その研究結果を発表する会です」

 するとフィリップがおどろいた。

「聖女様、その話していいの?」

「うん、ヴェローニカ様だけには全部話してある」

「修二のことも? あ、イテッ」

 ヘレンがフィリップをつねったらしい。

「ヘレン、私は修二くんのこと考えない日はない。だいじょうぶよ」

「うん、ごめん」

 ヘレンはアンに謝ったのか、フィリップに謝ったのか、アンにはよくわからなかった。

「フィリップ殿、そなたヘレンと一緒に暮らしていたのであろう?」

 いつもの不敵な笑顔でヴェローニカは言い、フィリップとヘレンは首まで真っ赤になった。


 馬車を降り、荘厳な王宮内を早足で歩く。普通ならいろいろな装飾など楽しみたいところだ。人はほとんどおらず、たまに会ってもさっと道を開けてくれる。驚くアンにヴェローニカが小声で囁いた。

「聖女様が道をゆずらなければならないのは、国内では国王陛下だけでございます」

 小声なのにバカ丁寧な口調は、ヴェローニカがこの状況に慣れないアンを面白がっている証拠だ。


 謁見の間はとにかく大きかった。国王が臣下と正式に話をするための部屋である。場合によってはたくさんの臣下を前にすることもあるのだろう、そのための部屋の大きさだ。そして壮麗な装飾は国王の権威を表している。そんなことを考える時間があるくらい、謁見の間は広かった。


 謁見の間の一番奥にたどりつくと、国王陛下が入室して来た。アンは間近で会うのは初めてである。ミハエル第一王子と数人の人だけが王についていた。アン達は跪いて頭を下げる。

「聖女殿、面をおあげください」

 王からアンに声がかけられた。王のほうが身分は高いが聖女は特別な存在である。聖女だけが持つ不思議な大きな力のためである。だから王といえどもそれなりの敬意を払う必要があるからだ。

「ありがとうございます。お初にお目にかかります、アンでございます」

「就任式には参加できず、失礼した」

「とんでもありません、私も秘密の就任を希望いたしましたから」

「皆も面を上げ、楽な姿勢になってくれ」

 ここまでの国王は気さくに見える。しかしアンは、ステファンがこの場にいないことが気になっていた。気さくに見えても一国の国王である。権力争いの陰謀渦巻く宮廷で生き抜いてきたのだ、見た目に騙されてはならない。これは同席するミハエル王子も同様だろう。

 アン達4人、いや男子を含めると6人、いずれも前の世界とこちらの世界で性格は変わっていなかった。そうならばステファンは以前同様、愚直なまでに誠実であろう。自分の配偶者を愚直というのはどうかと思うが、杏はそんな彼を愛している。どこまでもまっすぐな彼を愛している。それだけに宮廷は生きにくいところだったのではないだろうか。フィリップは、軟禁下でも彼は元気だと言っていた。もしかしたら騙し合いの世界よりも露骨に敵対されたほうが、よっぽど気楽なのかもしれない。

 

 アンはそんな考え事をしていたから、ろくに国王の話など聞いていなかった。気がついたら謁見の間を退出していた。


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