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かつての理系女は茶を配る

 フィリップの指摘した地点は、隣国へとつながる街道の砦だった。街道にある砦は当然関所を兼ねているわけだが、ほとんどの砦は森と平原の境目にある。しかしフィリップが問題視するその砦ノイエフォルトは森に食い込んだようにある。森の幅が極端に狭い地域ではないが、森からの挟み撃ちに合えばやはり危険だ。もちろん砦は森からの魔物に備えてはいるが、軍隊により組織化された攻撃を想定してはいないだろう。

 もしこの砦が落ちるとヴァルトラント軍は街道を通して物資の補給が楽に行えるようになるから、この砦は絶対に奪取されてはならない。

 さらに悪いことに、そこはグリースバッハとあまり遠くない。グリースバッハとノイエフォルトに同時に突破され、さらにこの2地点間を結ばれてしまうと大変なことになる。

「明くん、ちょっとまってて」

 アンは無意識に「明くん」と言ってしまっていた。言ってからしまったと思ったが時間が惜しく、とにかくマティアス武官長のところに行った。


「マティアス様、ちょっと地図のところへいいでしょうか」

「うむ、なんだろうか」

 マティアスはさっと部屋の奥の地図のところに来てくれた。

「フィリップが見つけたんですが、ここ、どう思われますか?」

「うむ、そうだな……」

 マティアスは地図を前に手を顎にあてながら考え始めた。

 しばらく考えてマティアスは、

「フィリップ君」

と呼んだ。

「私なりの考えもあるが、まず君の考えを聞かせてくれないか」

「はい、ノイエフォルト付近の森は狭くはありませんが、地形的に平坦です。ですから行軍の障害は魔物だけとなります。しかも森の中をすすむ敵軍の接近は、ぎりぎりまでわからないでしょう。ですから考えれられる敵の作戦は、森の中の魔物の軍を二手に分けてノイエフォルトを挟み撃ちし、それにタイミングを合わせるように正規軍が街道を一気に進むというのではないでしょうか」

「そうだな」

「しかもノイエフォルトが敵の手に渡れば、グリースバッハも近いのでこの2地点を結ぶような動きにでるでしょう。すると敵は街道を使って自由に補給ができるようになりますから、やっかい極まりないですね」

「うむ、わかった。アン殿が君を呼んだのがよくわかったよ」

 そう言ってマティアスは参謀たちが議論する中央のテーブルの方へ行った。参謀たちにフィリップの意見を伝えるためだろう。


 アンはフィリップに礼を言いたかったが、もっといいことを思いついた。

「ヘレン、フィリップは今の説明できっとお疲れよ。お茶でもいれてあげたら?」

「うん、わかった、聖女様」

 ついでフィリップには、

「あっちで休憩しなよ」

と言っておいた。

「お、おう、聖女様」

 二人ともアンの意図はわかってくれたらしい。


 ところがである。ヘレンは作戦室の片隅にあった茶道具をみつけると、なんだかたくさんのカップを用意している。女官志望の血が騒いだのか、この部屋にいるスタッフ全員にお茶を淹れる気らしい。フィリップもそれを手伝っている。アンはネリスとフローラに呼びかけた。

「ネリス、フローラ、ごめん、あれ、手伝おう」

「ん?」

 ネリスはヘレンとフィリップの動きを見て言った。

「あ〜あ〜、ヘレンはアンの気遣いがわかっておらんのう」

 アンとフローラ、それにネリスはお茶を淹れるのを手伝い、淹れ終わったところでヘレンとフィリップを追っ払った。フローラは、

「ヘレン、あんたはフィリップの接待をしていなさい!」

と決めつけた。


 作戦室にお茶を配って回るのはそれなりにたいへんだった。ネリスは茶道具の近くに置かれたお菓子のツボを発見し、ソーサーにそのお菓子を一つずつ載せた。お茶が美味しかったのかお菓子がよかったのかわからないが、活発な議論が継続されるのを見て、アンは満足だった。

 国防のため知恵を絞る騎士たちに潤いと糖分を与える。それによって議論はより深まり国の安全も高まる。アンたちは第三騎士団にいるときはユリアやウィルマにいろいろと世話をしてもらっている。彼女たちの仕事も国防の重要な仕事であると、アンには再認識された。

 ただ、受け取った者のうち一部は「あ、先生、すみません」などと言って緊張していた。見覚えがあったから、各騎士団に赴いて算術の指導を行った際、アンがしごいた騎士なのだろう。


 活発な議論が方方で行われているので、アンたちは引き続き茶菓のおかわりの配布をした。ポットに新しい茶を淹れ、そのポットを持って参謀たちの間をまわる。すると先程緊張していたひとりの騎士に呼び止められた。

「アン先生、グリースバッハの防衛なんですが、私は投石機を使えるんじゃないかと思えるんです。ですがあまり賛同を得られないんです」

「反対の理由はなんでしょうか?」

 すると他の騎士が発言した。

「投石機は騎士団本部の砦に設置されていますから、最後の防衛手段として取っておくべきだと思います」

 他の騎士は、

「投石機は命中精度が低い。しかも効果は着弾した一点に限られる。したがって平原での戦闘が考えられる今回は不向きであろう」

とも言う。どちらも一理あると思うのだが、アンとしても意見を出しておいた。

「そもそも戦線が騎士団本部砦に迫っているようであれば負け戦でしょう。民に大きな被害が出ているはずです」

 アンの言葉に議論していた騎士たちは少し衝撃を受けたようだった。ちょっと気の毒に思ったアンは言葉を続けた。

「森からの突破口は、あまり大きくならないと思います。その突破口に照準をあわせ集中砲撃すれば、それなりの効果が見込めるのではないでしょうか」

「なるほど」

「むしろ問題は、移動にかかる労力と時間ではないでしょうか」

 そのあとは技術的な議論になった。

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