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かつての理系女は警告する

 帰りの馬車で、フローラはずっとボーっとしていた。無理もない。だからあまり車内の会話もはずまず、アンはうつらうつらとしながら過ごした。

 騎士団に帰着した頃は夜遅く、すぐに寝ることになった。

 ベッドに入ったとき、フローラは言った。

「聖女様、ありがとう」

 その「聖女様」という言葉遣いに敬意はなかった。友人のあだ名を呼ぶときの言い方だった。そのことがアンにはとても嬉しく感じられた。

 

 アンはベッドには入ったのだが、馬車でうつらうつらしていたせいか、それとも疲れすぎているせいか、なかなか眠りにつけなかった。

 

 なにか見落としている気がするのである。

 

 自分たちは隣国が侵攻してくる際、例の湖を経由すると仮定している。

 湖を通って侵攻する場合、船に頼らなければならないが、隣国は秘密裏に船を増産しているのだろうか。隣国は内陸国だから、造船技術はさして発達していないだろう。だから船を大量に生産しはじめたならば、かならず何らかの情報が入りそうなものである。

 

 湖を通らなければ、森を抜ける街道を使うことになる。街道は細いから、守る側はやりやすい。要所要所に急ごしらえの砦を作ればよいだろう。

 

 湖と街道を除くと、あとは魔物が棲息する森が天然の要害として機能する。だから現段階、打てる手は打っているはずだ。

 

 本当にそうだろうか。

 

 アンの頭に「電撃戦」という言葉がうかんだ。

 

 もし、隣国が森を高速に突破することを可能にしていたら。

 

 そう思いついた瞬間、アンはベッドから飛び起きた。

 

 動悸が速くなる。

 

 魔物がはびこる森を強引に突破するには二つ方法がありそうだ。

 一つ目は、強力な魔法使いを大量に雇入れ、その魔法でむりやりに魔物を排除する方法。

 そして二つ目は、魔物を使役して軍隊を魔物に守らせる方法。

 

 第一の方法は、魔法使いの魔力をすりつぶすように使うだろうから、少し考えにくい。

 

 第二の方法は、そもそも魔物を使役するなど聞いたことがなかったので実現可能性は低い。

 

 いや、魔物と手を結ぶことはアン自身がやっている。ルドルフである。ドラゴンは、この世界でも最強クラスの魔物である。アンたちがドラゴンに関わっていることは、フィリップも知っていたから広く知られている可能性が高い。その情報にヒントを得て、隣国が魔物の使役を研究していたらどうなるだろうか。

 

 深夜ではあるが、アンはヴェローニカに今思いついたことを報告することにした。

 

 ベッドから降り、寝間着の上に騎士の上着を羽織る。間抜けな格好だが時間が惜しい。

「んあ、アン、どうしたのじゃ? トイレか?」

 ネリスを起こしてしまったらしい。

「いや、ヴェローニカ様に緊急の話がある」

「わかった、ワシも行く」

「ありがと」


 廊下に出ると、不寝番の騎士がいた。

「どうしましたか?」

「ヴェローニカ様に、緊急のお話が」

「ご案内いたします」


 深夜の廊下に、足音が響く。

 その足音に反応したのか、動哨の騎士が反応した。

「何事だ!」

 低いが緊張感のある声が伝わってくる。

「アン様が、団長に緊急にお会いになりたいそうだ」

「わかった」

 廊下を走っていく音がする。

 

 ヴェローニカの寝室につくと、すでにドアが開けられていた。足音でアンたちがついたのがわかったらしい。

「お入りください」 アンとネリスが入室すると、案内してくれた騎士が廊下に出、ドアを締めた。

 

 寝室にも小規模だが応接セットがあり、ヴェローニカは身振りでアンたちに椅子を勧めた。

「アン様、どうなさいましたか」

 ヴェローニカは寝間着であるが、目つきはいつもの勤務時とかわらない。騎士団長たるもの、寝ていても勤務中なのだろうか。

「はい、ヴェローニカ様、隣国は森を突破して侵攻してくるのではないでしょうか」

「なんですと?!」

「国境の森は、魔物に満ちています。ですがもし突破する方法があれば、隣国は我が国の防御の弱い点をやすやすと突いてしまいます」

「しかし、どうやって」

「魔物を使役すれば、可能になるのではないでしょうか?」

「そんなこと、聞いたこと無いです」

「いえ、お有りのはずです」

「いや、ないです」

「ルドルフです」


 ここでヴェローニカは言葉を失った。

 

「それでもですよ、アン様、ルドルフは第三騎士団で卵から孵して……」

「ですから卵から孵すとか、ごく小さいうちに親からさらってくるとかそういった方法で手に入れれば、手懐けることも可能なのではないでしょうか」

「それはそうかもしれません。ですがそれを思いつけるかどうか……」

「それもルドルフです。王立中等学校の生徒は、第三騎士団でドラゴンの卵を孵化させたことを知っていました。これは秘密だったはずです。ということはその情報が隣国に流れていても何ら不思議ではありません」


 再びヴェローニカは言葉を失った。必死になにか考えているのがわかるので、アンは言葉を控えた。

 

 どれくらい時間が経ったかわからないが、ヴェローニカはふと立ち上がり、アンの前に跪いた。

 

「アン様、旅の疲れもおありでしょうが、今のお話、武官長様に直接お伝えいただけないでしょうか。深夜ではありますが、一刻を争う内容ゆえ……」

「もとよりそのつもりです。すぐにでも参りましょう」

「第一騎士団、第二騎士団にも伝えたほうがいいでしょうか?」

「そうですね、近衛騎士団に集合してもらえば」

「わかりました、おい、だれか、緊急連絡だ!」


 アンは一度部屋に戻り着替えることにする。

 部屋でいつものように騎士の服装にしようとしたら、ネリスに止められた。

「だめじゃ、聖女様の略装にせい」

「え、騎士のじゃだめかな」

「お主、聖女として話をするのであろう? ならば聖女の服装の方がよい」

「そうだね、ありがと」

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