かつての理系女は変態に興味を持つ
ネッセタールでの第一目標は、あっさりと達成されてしまった。ケネスを見つけてしまったからである。だからといってこれで帰るわけにはいかない。
「フローラ、ケネスと今夜にでも会うよう約束をとりつけろ。私はとりあえず親方に会ってみる」
ヴェローニカが小声で指示をする。
ケネスは一行を応接室へと案内した。
「ここでしばらくお待ち下さい」
ケネスが部屋を出ようとする時、フローラが近寄り、
「夜、私の宿にきてくれないかな」
「いいけど、お店じゃないの?」
お店とはフローラの実家のことである。
「うん、今回はお嬢様のお忍びできてるから、まだ行ってない。王都に変える前に顔を出すから、今はまだ秘密でおねがい」
「うん、わかった。じゃ、夜に」
ネッセタールに来た目的はこれで大半終わってしまったのだが、すぐに帰るのも不自然である。ヴェローニカは小声で、
「注文だけはするか、それとも形だけ親方に会って、とっとと退散するか」
と言う。するとネリスはやや興奮した様子で、
「ヴェロ、いえヴィルヘルミナ様、ぜひとも見学していきましょう。良い剣をつくる工房は、それだけの理由があるはずです」
などと言う。するとフローラが呆れたように、
「何言ってんの、必要ないでしょ、ね、アン」
と非難したが、アンに話を振ったのは間違いだった。
「え、私、見たい。マルテンサイト変態って、何Kだっけ?」
アンはネリスの方を見て聞いた。マルテンサイト変態とは、炭素を含む鉄を加熱し、その後急速に冷却して硬い鋼になる現象である。いわゆる焼入れだ。アンはその温度を尋ねているのである。
「うーん、炭素濃度によるからの」
その様子を見てヘレンはため息をついた。
「あーあ、ネリスにアンじゃこうなるよ。しばらく帰れないよ。ヴェローニカ様になんて言い訳すればいいやら」
ところがである。ヘレンはヴェローニカに言い訳する必要はなかった。親方相手にヴェローニカは刀剣談義を始め、どんな剣が欲しいか具体的に説明していた。装飾はそれこそ王の前でも問題ないレベルにしたいが実戦向きにもしたいという。ただ、切れ味よりも耐久性を重視したいとも言っていた。王の前で剣を抜く時、それは王を守るときである。そんな時剣が折れてしまったら任務は実行できない。折れさえしなければ、ぶん殴るという攻撃方法が残っている。その希望を聞いた親方はすっかり喜んでしまい、宝石をここにつけるとバランスがどうとか、防戦のためには握りがこうとかいろいろとヴェローニカに提案していた。
その間にアンとネリスは納得行くまで工房を見学できた。ひとつひとつの工程をみせてもらって、アンにはわからないことがある。すると鉄鋼メーカー勤務、というよりメーカーの開発研究者であったネリスは事細かに説明してくれる。そしてその説明を聞いた職人が「なんなんだこの子達は」という目で二人を見る。
最終的にヴェローニカは手付を払って剣を注文し大満足、アンとネリスも工房の見学でもちろん大満足、フローラはケネスと再会でこれまた満足であった。普通なのはヘレンだけだが、ヘレンはすでにフィリップと会っているので文句は言えない。
とにかく充実した工房訪問であった。
工房の親方も、若手の職人の不足を嘆いていた。ケネスも何回も誘われていたのだが、年齢的に若いのでケネスの両親が許さなかったということだった。
工房を出たあと、時間的余裕ができたので街をぶらぶらしてみる。しばらく歩いたところで、ヴェローニカがフローラに尋ねた。
「どうだ、以前と変化はあるか?」
「はい、まずやっぱり人が減っている感じがします。特に行商人とか、隊商とかが減っている気がします」
「うむ、物価は?」
「やっぱり上がっていると思います。とくに食品の値上がりが大きいようです」
「そうだ、あの店、入ってみるか?」
ヴェローニカの言う店は、隣国に本店がある宝石商だ。するとフローラは、
「私は入店しないほうがいいかと思います。何回か利用しているので顔がわかってしまうと思います」
「うむ、ではアン、ネリス、一緒に入ろう。ヘレンはフローラと一緒に少し店から離れていろ」
ヴェローニカはさっそうと店に入る。さっそく店員が寄ってくる。
「いらっしゃいませお嬢様、今日はどのような品をお求めで?」
「いや、時間ができたから寄らせてもらった。良いものがあればいただこうと思うのだが」
「それでしたらこちらなどどうでしょう?」
店員が見せてくれたのは、豪華極まりないネックレスだった。素人のアンにもヴェローニカに似合うのはわかる。
「ああ、いい品だ。だが申し訳ない。恥ずかしながら、最近はドレスを着る機会も無くてな」
「それではこちらはどうでしょう。今のネックレスに比べると貧弱に見えますが、今日お召のものにはちょうどお似合いではないでしょうか」
それは小ぶりの品の良いブローチだった。小さな宝石を組み合わせ、キラキラと光っている。
「貧弱などととんでもない、これは手が込んでいるではないか」
「おわかりいただけますか。一見高いようですが、石よりも手間に値打ちを見いだせる方に好評です」
「うむ、貰おう。いくらだ?」
店員は金額を言った。アンが目をむく金額だった。しかしヴェローニカは値切ろうともせず、
「わかった。それでは小切手でもよいか」
「どちらの銀行のでしょうか」
「そちらのお国の銀行だが」
「それならば問題ありません」
ヴェローニカはさっと小切手にサインして、店員に渡した。
「少々お待ちくださいませ。それまでこちらでお休みください」
店員は3人を別室に案内した。
出されたお茶に菓子を遠慮なくアンもネリスも食べさせてもらう。ネリスが小声で言う。
「これはきゃつらには秘密じゃな」
「だめよ、バレたら1週間は口聞いてくれないよ」
これを聞いたヴェローニカが言ってくれた。
「わかったわかった、あとであの二人に菓子を買ってやろう」
「「ありがとうございます」」
やがて店員がブローチを箱に入れて持ってきた。
「ご確認ください」
ヴェローニカはざっと検品して、箱をしめる。
「良い買い物をさせてもらった。お国の宝石はいいのだが、最近値が上がっているようでな」
「そうなんです。どうも本国で卸値が上がっているようなんです。品は豊富にあるのですが」
「そうか、また寄らせてもらおう」
「ぜひまたお越しください」




