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かつての理系女は工房を訪れる

 翌朝ネリスはぐったりしていた。

 成熟したヴェローニカの色香に耐えきれずくすぐり攻撃に出たネリスは、ヴェローニカの反撃に耐えきれなかった。最後の方は防御すらできず、ヴェローニカのスタミナ溢れるくすぐりに身を委ねていた。相手が悪かったとしか言いようがない。

「諸君とは鍛え方が違うのだ」

 昨日の夜の悶絶を思い出しているらしいネリスを前にヴェローニカは言い放った。

「騎士団に入隊した頃、お姉さまたちにさんざんやられたからな」

 アンは思わず聞いた。

「女学校ではないのですか」

「女学校ではやる側だった」

「はあ」

「同い年の女学生など、私の敵になるわけがないだろう。騎士団に入って先輩たちにやってみたら、返り討ちにあった。悔しくて毎晩やっていたら、誰にも負けなくなったぞ。そんな私に挑戦するんだ、やられたらやり返す」

「倍返しですか?」

「当然だ」

 アンは「何やってんですか」と小声で言ってしまった。

「アン、聞こえているぞ。ま、ネリス、騎士団長になりたかったら、まずはくすぐり攻撃で私を負かすことだな!」

 豪快に笑うヴェローニカに、ヘレンが冷たく言った。

「お嬢様、そろそろ朝食のお時間かと思いますが」


 食事後、予定通り鍛冶ギルドに行く。腕の良い職人を紹介してもらうという口実である。

 レギーナを先頭に、アン達は二列で鍛冶ギルドまで歩く。全員ワンピースやスカートでなくパンツスタイルにした。馬車に乗りたくなる距離だが、街の雰囲気を肌で感じたい。人通りは多いと言えば多いが、王都の人混みには及ばない。鉱工業の中心地としては少し人が少ない気がする。ただ、行き交う人はみな急いでいるようだ。

 

 鉄の匂いが強くなり、鍛冶ギルドが近づくのはすぐわかった。

 

 鍛冶ギルドもまた、人は少な目なのに忙しい感じだ。受付で剣をつくる職人を紹介して欲しいと伝えたら、応接室に通された。応接室には剣、太刀、槍、斧、さらに甲冑などもあるが、包丁やナイフなども見本として置かれている。

 応接室で待っていると、やがて人が入ってきた。

「ギルド長のフーゴーと申します。今日はどういったご要件で」

「ハールトのヴィルヘルミナと申す。私は剣の収集が趣味でな、そろそろ私のために作られた剣も欲しくなってな」

 アンはヴェローニカの偽名を今始めて聞いた。

「そうですか、それではこんな感じのものですかな?」

 ギルド長は立って壁にかけてあった剣を持ってきた。鞘やにぎりの部分に宝石が散りばめられ美しい。

「鞘から抜いてみてもいいかな」

「どうぞ。刃はまだつけてありませんから」

 ヴィルヘルミナと偽名を名乗るヴェローニカは、すわったまま剣を鞘から抜いた。

 抜いたと見るやすぐ、鞘に剣をもどしてしまった。

「どうかいたしましたか」

「うむ、確かに美しいが、バランスがちょっと」

「ははあ、お目が高い。これは完全に見た目重視でつくられていますからな、では実用本位のもののほうが良いでしょうか」

「うーん、できれば儀礼に使えるほどの装飾でありながら、実戦向きでもあるというのが欲しいのだが」

「なるほど、それならば特注になりますな」

「というわけで、腕の良い職人を紹介していただきたいのだ」

「それはできますが、最近人手不足で、納期のほうが」

「それはかまわん、良いものであればいくらでも待つ。それより人手不足というのは……」

 やっと本当に聞きたい話になった。メモを取るわけにはいかないから必死に暗記する。

 

 ギルド長の話では、事前の情報通り職人が何人も隣国に高給をえさに引き抜かれているという。不思議なのは熟練の職人より、修行の第一段階を終えたばかりのような、まだ高度な技術を持たない若手が大量に引き抜かれているという。しかしそういう若手職人が現場の仕事を下支えしているから、熟練の職人も雑用をこなさなければならなくなり、生産が低下しつつあるという。

「隣国はそんなに景気が良いのですかね」

 ヴェローニカがさり気なく聞いた。

「それがそうでもないんですよ。いつもなら食器類などをまあまあ輸出しているんですが、最近はさっぱりですよ。安いのはともかく、高級品はもうさっぱりですよ」

「それは変ですな」

「でしょう。だから私も、貿易商の連中に話を聞いたりしてるんですが、よくわからんのですよ」


 紹介してもらった工房はギルドからはごく近かった。建物は方方赤茶けている。加工中に飛び散る鉄の粒子が付着しているのだろう。アンはふと思い出してヴェローニカに進言した。

「ヴィルヘルミナ様、ネリスは鉄の専門家です。ネリスをおそばに」

 ネリス、元の名恩田真美は修士号取得後、千葉の鉄鋼大手に就職していたのだ。

 ヴェローニカはあたりを見回した。エリザベートが見え、ほんのわずか頷いた。先回りして付近の安全を確認していたのだ。

「ではネリス、よろしく頼む」

「はい、お任せください」

 ネリスはツカツカと工房の入口に立つと、

「頼もう! 頼もう!。我ら鍛冶ギルド長のフーゴー殿からご紹介で参ったのじゃが……」

「はいはーい」

 中から見習いらしい少年が出てきた。その少年を見てフローラが驚いた。

「ケ、ケネス」

「あ、フローラじゃんか、久しぶり。なんかきれいになったな」

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