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かつての理系女は打ち合わせする

 会議の翌日、ユリアとウィルマを先生にメイド道を訓練していると、フィリップから伝書鳩がヘレンに来た。ヘレンはざっと目を通して、すぐにアンに渡す。短い時間でよく集めたとアンは思うのだが、隣国の経済情勢が簡潔にまとめてある。心配していた通り、数年にわたり食料生産が停滞している。我が国同様農業国ではあるのだが、食料輸入が輸出を上回っているらしい。輸入超過であるためキャッシュが国外に出ていってしまっており、経済はじわじわと停滞しつつあるらしい。そしてこの夏は間違いなく冷夏で、野菜だけでなく穀物の相場も上昇してしまっているという。経済は停滞しているのに物価は上がるという最悪の状態である。

 政治的にはむしろ、国が一つにまとまっているという。宰相アルベルトが極めて優秀かつ人気が高く、独裁的な政治体制に移行しつつあるようだ。食糧不足による国民の不満を、上手に国外に向けさせているらしい。

「ねえヘレン、これってとってもまずいよね」

 そう言ってアンは、フィリップの手紙をフローラに回した。フローラもざっと呼んでネリスに回す。最後に読んだネリスは一言で言い表した。

「1930年代を思い起こさせるな」

 そうなると隣国は電撃戦を仕掛けてくる可能性が高い。

 しかしこの世界における電撃戦とは、いったい何なのか?

 

 そんな事を考えながら、ネッセタールに行く準備をした。

 

 更に翌日、ネッセタールに出発する。第三騎士団の馬車は使わず、ヴェローニカの実家の馬車を使う。家紋は外した。つまりはさるお嬢様が、おしのびでネッセタールに遊ぶという体である。

 レギーナ達は少し前に私服で出発し、危険を排除するように指示してある。新たに選ばれた護衛は同じく私服で少しあとを追ってくる事になっている。新しい四人は昨日のうちに顔わせをしてあった。レベッカ、カロリーナ、ネーナ、マリカの四人で、知らない仲ではない。

 アン達は大した荷物は無い。ヴェローニカは甲冑やら槍やら荷物に入れようとするので、それを諦めさせるのに苦労した。

 

 ネッセタールには夕刻遅く、やっと着いた。長い旅だった。長旅での疲れは、ネッセタールの明るい街を見て飛んでしまう気がするアンたちだった。アンはつい窓の外に目が吸い付けられてしまう。ネッセタールは交通の要所であり、我が国南部の経済中心地である。学校で習った知識では、鉱工業については王都よりも規模が大きい。

 ふと車内に目をもどすと、アンと同様田舎育ちのヘレンが、メイドとして姿勢を崩さないまま、それでも好奇心が抑えられなくて目だけで景色を追っているのがわかる。好奇心を抑えることができなアンに比べ、こういうところはヘレンはしっかりしていた。

 

 宿は街の中心部、フローラによればネッセタール随一の格式をもつホテルらしい。レギーナ達先行組はすでにチェックイン済みのはずだ。

 立派なドアを開けて中に入ると、ロビーのソファにラファエラとディアナがくつろいでいるのが見える。もちろんしらんぷりである。内部は彼女たちによってチェック済みのはずだ。

 チェックインはなんとなくメイド長みたいになっているヘレンが行った。

 

 部屋は貴族が泊まるために寝室、付き人用の寝室、居間兼ダイニング、さらには応接セットもあった。豪華な内装にアンとヘレンは目をキラキラさせてしまう。それなりに育ちのいいネリスもニコニコしていて、落ち着いているのは本当のお金持ちのフローラと大人のヴェローニカだけだ。

 アン達メイドは早速荷解きをする。あれはこっち、これはそっちとやっていると、なんとヴェローニカまで荷解きをやっている。アンはヴェローニカに近づき、

「そんなことは私達がやっておきますから、お嬢様は湯浴みに……」

「いやいや、私もやるよ」

 実のところ、ヴェローニカの手つきは悪い。日頃の激務で、身の回りのことは人任せになっているのだろう。

「あの、お風呂は交代で使わなければなりませんし……」

「あ、そうか、じゃ、アン、君から湯浴みしてくると良い」

 するとネリスがすっと寄って来て、ヴェローニカに話しかけた。

「お嬢様、アンは、邪魔だ、と申しているのですよ。こういったことは下々の我々に任せていただいて、湯浴みは私がお手伝いしますゆえ……」

「何、私が邪魔だと!」

「まあまあ」

 ネリスはヴェローニカの背を押して行ってしまった。

 

 片付けが終わるころ、ヴェローニカが風呂から帰ってきた。

「諸君も交代で入ってくれ、それにしてもネリス、君はなかなか気がつくな……」

 ヘレンがアンのところにやってきて囁いた。

「アン、ネリスのあの笑顔、実はエロオヤジの笑顔だよね」

「だと思う……」


 遅くなってしまったので、夕食は簡単に居間兼ダイニングで取った。いつの間にか先行のレギーナ達、後発のレベッカたちも姿を現していた。

 食事を取りながら明日からの行動予定を確認する。

 ヴェローニカとアン達は鍛冶ギルドに行く。武器マニアのお嬢様が特注の剣を発注するということにする。もちろんケネスの行方も探したい。

 レギーナ達はそれとなくアンやヴェローニカの警護を少し離れてする。ついでに街全般の様子をさぐる。商品の値段、街の噂、外国人の出入りなどから異変の兆候を見つけたい。

 レベッカ達は、商業ギルドへ行って物流の様子を探る。馬車の定期便、チャーター便などの様子から隣国との貿易の状態を把握する。

 

 打ち合わせが終わって、四人の寝室に入る。アンは疲れているのだが、かえって目が覚めている。なかなか布団に入らないアンを見て、ネリスが寄ってきた。

「アン、明日のヴェローニカ様の湯浴み、アンが手伝ってみる良いぞ」

「あ、わかった」

「あのな、それはそれは絶景でな、こう出るところが出ているというか、こうな……」

 両手の動きが怪しい。目つきも卑猥である。

「あんたねぇ、ほんといい加減にしないと……」

 寝室のドアがノックされ、枕を抱えたヴェローニカが現れた。

「君たち楽しそうだな、私も混ぜてくれないか」

 するとネリスが自分のベッドにもどって腰掛け、自分の横をポンポンと叩きながら言った。

「ヴェローニカ様、どうぞこちらへ」

「おう、ありがとう」

 なんの疑いもなくネリスの横に腰掛けるヴェローニカに、アンは注意せざるを得なかった。

「ヴェローニカ様、そちらは危険かと」

「危険って、何が」

 ネリスは獲物を逃がすまいと、ヴェローニカに突撃した。

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