かつての理系女は会議をする
「アン様、こちらへ」
ヴェローニカは作戦室の机の一番奥の席へアンを導いた。本来ならヴェローニカが座る立派な席である。しかし聖女アンは、この国での序列は王の次である。王から連絡役として派遣されたミハエル第一王子ですら下座につかざるを得ない。
「アン様、たびたびで大変恐縮でありますが、状況を今一度ご説明いただけないでしょうか」
ヴェローニカの合図で、アンはもう一度隣国との状況を語った。
説明が終わった時、しばらくだれも発言しなかった。
長い沈黙を破ったのは、ミハエル王子だった。
「状況は承知しました。最終的には国王陛下のご判断次第ですが、現段階打てる手はうつべきでしょう」
反応したのは第二騎士団団長ジークフリートだった。
「殿下、とりあえず問題の湖の近くで、我々第二騎士団が小規模な演習を行うのはどうでしょう」
「そうですね」
「演習を行いながら防御陣地を築いていくのが良いかと思います。形状に気をつければ、陣地が演習の跡地だというふうに偽装もできましょう」
「そうですね、その方向で準備して、王命をお待ち下さい」
「承知いたしました殿下」
「それから情報収集ですが、国内については従来通り近衛騎士団、国外については第一騎士団が継続して行ってください。それでその情報のすりあわせは、ここ第三騎士団で行うのが良いでしょう。ここならあまり目立たないでしょうから」
アンは諜報活動の担当が、国内は近衛騎士団、国外は第一騎士団が行っていることを知らなかった。その国家最大級の機密が、聖女という肩書の前で姿を現している。
ヴェローニカが発言する。
「それでは役割分担は、近衛騎士団が国内情報、第一騎士団が国外情報、第二騎士団は湖畔での演習、第三騎士団が聖女様の護衛ということでよろしいか」
皆が頷く中、アンはまだ大事なことが話し合われていない気がした。
「王子殿下、皆様、もう少しよろしいでしょうか」
皆頷く。
「一応、最悪のシナリオをお話します」
皆に緊張が走るのが見て取れる。
「隣国ヴァルトラントが以前から深刻な食料不足に見舞われ、そしてこの夏も冷害に襲われたとしましょう」
もう一度一同を見回す。
「その場合、以前からヴァルトラントは戦争準備をしていたと考えられ、なけなしのお金をかき集め、場合によっては他国に借金までして戦争準備をしていたとします。そこに決定的な冷害が起これば、この秋、遅くとも雪が降る前に侵攻が始まります。ジリ貧がドカ貧に陥る前に勝負に出るのです」
アンは言葉を続ける。
「その場合、ヴァルトラントは国家の総力をあげてこの戦争に臨むでしょう。そうすると迎え撃つ我が国も、国家総動員の体制を取らざるを得ません。これは国民の自由な経済活動を制限し、おそらく王室は国民の恨みを買うでしょう。法的にも問題が多いはずです」
出席者全員の顔がひきつっている。
「ただ、全面戦争に備えることは大変重要です。国家総力戦となった場合、戦争が長引く可能性が高いので、これは解決に何年もかかることを意味しますが、補給の問題も大切です。食べていない兵士は死んだも同じです。全面戦争になった場合、経済活動をふくめたシミュレーションを行って対策していなければ、個々の戦闘で勝ったとしても、いずれ戦線が持ちこたえられなくなり、我が国は隣国に蹂躙されるでしょう」
アンは立ち上がってとどめを刺す。
「戦場は我が国ノルトラントの国土になります。したがってノルトラントの農業生産は大幅に縮小し、大量の難民が発生し、もちろん軍人の消耗も大変なことになります。軍事物資の生産、調達を優先するため、国は無理な経済政策を取らざるを得なくなり、物価はあがり、国庫は干上がるどころか他国からの借金まみれになります」
アンは地球における二度の大戦を思い出していた。
「まずは、戦争にならないようにすることがもっとも大事です。万が一戦争になった場合でも、最小規模に抑えることが重要です。戦争の早期終結には何が必要か、皆さんご存知でしょうか」
マティアス近衛騎士団長が発言した。
「敵の戦意をくじくことでしょうか」
「そうです。そのためには、初戦で負けないことです。初戦で負ければ、戦争は長期化します。これだけは私は断言いたします」
会議後、出席者は言葉少なに帰っていった。
「アン様、お疲れ様でした」
ヴェローニカがそうねぎらってくれた。
「ヴェローニカ様、もういつもの調子で大丈夫ですよ」
「あ、うん、ありがとう、みんな座ってくれ。おーい誰か、茶と菓子を頼む!」
ヴェローニカはフローラ達に、つい今まで騎士団長たちが座っていた席に座るように言った。
ウィルマが紅茶とケーキを持ってきた。室内に紅茶のいい香りが満ちる。ヘレンが手伝おうとて、ウィルマにやさしく断られていた。
ヴェローニカは配られたケーキに口をつけ、
「みんなうまいぞ、早く食え!」
と口調は荒いが美しい所作で食べ進める。気を使わずケーキを楽しめとのヴェローニカなりの気遣いなのだ。
ヴェローニカはお茶を追加しにウィルマが部屋を出たのを見て小声で言った。
「アン、全面戦争だとか、国家総力戦だとか、まるで見てきたかのような話だったな。もとの世界の知識か?」
「はい、そうです」
「初戦に負けるな、とはどういうことだ?」
アンはナチス・ドイツが電撃戦を仕掛け、日本が真珠湾攻撃を実行したことを念頭においていたのだ。
「追い詰められた国が賭けに出る時、最初に大きな作戦を実施します。入念に準備され全力で行いますから、その作戦は成功します。問題はその成功が戦争に勢いをつけ、引くに引けなくなるということです。勝っている時に戦争をやめる決断はできないものです」
アンは思い出していた。二度の大戦だけでなく、その後の冷戦、冷戦後の民族紛争など、戦いがおさまらない地球のことを。理屈どおりにも理想通りにもならなかった地球の歴史を。
「それにしてもアン、そのメイド姿で戦争を語るのは、なかなかおもしろい絵面だったぞ」
「あ」
悔しいので一応言い返す。
「その戦争の会議でお一人、美しい真紅のご令嬢がいらっしゃいましたが」
「言ったな、アン!」
体はつかれていたが、心は元気を取り戻した。
ネリスが言う。
「美味しいケーキが食べられる国を、守ろうな!」




