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かつての理系女は決心する

「隣国ヴァルトラントは戦争準備をしていると思われます。開戦時期は不明です」

 アンの言葉に、ヴェローニカは返してくる。

「根拠は」

「まず、ヴァルトラント最大手の商会ですが、こちらの王都から本国不景気を理由に撤退するということと、ネッセタールで鍛冶職人を引き抜いていることが矛盾します」

「そうだな」

「ですが、その商会が戦争の情報を得て撤退し、戦争準備のために鍛冶職人を我が国からひきぬいているのであれば、それは矛盾しません」

「それもそうだな」

「それで戦争になるか否かについては、まだ情報が不足しています。我が国と隣国に、外交上の大きな摩擦は聞いておりません。そうであれば、戦争になるとすれば、その理由は隣国内にあると考えるべきでしょう」

「うむ」

「考えられる理由は二つ、政治上の問題、もう一つは経済上の問題です」

「政治上はともかく、経済上とは何だ?」

「たとえば不作です。我が国では今年の夏は過ごしやすい夏でした。これは農業的には低温であったのかもしれません。じっさいヘレンの地元のリンゴの収穫は遅れているようです」

「なるほど」

「ですから、隣国内の情報を集める必要があります。隣国政府内の内紛、農業の不作、漁業の不漁を調べる必要はあるでしょう」

「商人の情報網が役に立つだろうな」

「そうでしょうね、それと物価、物流の状況も調べる必要があります。戦争が近づけば物価は上昇するのが常識です。また隣国の軍が補給などのため民間の馬車などを徴用すれば物流にも影響がでてきます」

「つまりアンは、隣国の軍隊の状況を調べずとも戦争の兆候はつかめるというのだな」

「そうです。敵軍の状況を調べなくてよいということにはなりませんが」

 ついにアンは「敵」という言葉を使った。

 

 しばらくヴェローニカは無言で考えていた。そして席から立ち、アンの前までやってきてひざまずいて聞いた。

「アン聖女様、ノルトラントの聖女として、戦争の可能性が高いとお考えでしょうか」

 その言葉に、アンは全身を衝撃が走り抜ける気がした。

 今ヴェローニカは、この国ノルトラント唯一の聖女として、この国に戦争の危機があるのか否か判断を求めているのである。

 今一度アンは状況を考える。先刻は自分が聖女であるととかないとか関係なく、純粋に情報にあたり、純粋に考えていただけだ。今は聖女としての考えを求められている。

 この国をありもしない戦争に巻き込んでいいのか。

 ただ戦争がないと判断して、本当は戦争になってしまったら責任はとれるのか。

 

 アンは困った。迷った。自分の言葉にこの国の運命が左右されかねない。

 

 自分の両手が握られたのを感じた。右手をヘレンとネリス、左手をフローラが包んでいる。

 フローラは言う。

「アン、聖女の立場とか考えちゃだめよ。純粋に情報から判断してアンの考えを言えばいいのよ。最終的な判断と責任は国王陛下のものよ」

 ヘレンも言う。

「余計なことを考えず、純粋に情報からだけ判断すれば、アン、あんたは間違えない。間違えたとしても、それはあんたのせいじゃない」

 ネリスも頷いている。

 

 決心できた。

 

「ヴェローニカ様、現在情報は少ないですが、隣国が戦争準備に入っている可能性が高いです。可能性の段階ではありますが、悪い方の予想に基づいて準備すべきだと思います。ただ、我が国が露骨に戦争準備に入れば隣国を刺激しかねませんから、極秘裏に行うのがもっとも良いと、聖女アンは考えております」

「今のお話、国王陛下のお耳に入れてよろしいでしょうか」

「もちろんです、ただ、ジャンヌ様に先にお伝え下さい。ジャンヌ様のお仕事がやりにくくなってはいけませんから」

「承知しました」


 そのあとはそのまま作戦室で、第三騎士団の参謀たちも加えて状況の分析に入る。

 ヴェローニカが一番気にしていたのは、開戦の時期だ。アンとしては、

「常識的には来年の春ですが、食糧事情が逼迫している場合、冬の前に開戦する可能性も捨てきれません」

と言うしかない。


 夕食前、作戦室にさらに四人の人物が現れた。マティアス武官長、ダミアン第一騎士団団長、ジークフリート第二騎士団団長、さらにミハエル第一王子である。彼らの到着を受け、第三騎士団の参謀たちは下がらせられた。

 マティアス武官長はドレス姿のヴェローニカに最初に挨拶しようとしたが、ヴェローニカに小さく首を振られ、あわてて隣に立つアンにひざまずいて挨拶した。他二人の騎士団長も同様に挨拶し、最後にミハエル第一王子が挨拶に来る。

「お初にお目にかかります、第一王子のミハエルです」

「こちらこそお初にお目にかかります。事情がありまして今までご挨拶が遅れたこと、ご容赦ください」

「とんでもないです、聖女様には常々、王室一同感謝しております」

 とても丁寧かつ心のこもった挨拶に聞こえるが、ステファン第二王子軟禁の首謀者かもしれない人物である。うかつに気を許してはならないとアンは考えた。

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