かつての理系女は本当にメイドになる
アン達はまず二日、第三騎士団に泊まることになった。レギーナ達に休息を与えるためである。もちろんこの二日間の予定はすべてキャンセルである。並行して護衛を補強する人員を選考する。少なくとも二人、できれば四人欲しい。
ヴェローニカはとりいそぎ、馬車で実家に行った。ドレスを取ってくるそうだ。
ヴェローニカが戻るまで、アン達は作戦室をつかわせてもらった。作戦室には国内外の地図があり、それも軍事機密を含む高度なものがおいてあるからだ。当然そう簡単に閲覧も持ち出しもできない。副官のソニアがなにくれと便宜を図ってくれた。
最初に隣国ヴァルトラント全体の地図を見る。女学校での勉強を思い出しながら、商業都市、工業都市、農業やその他の産業を調べていく。アンはソニアに、
「ここ数年のヴァルトラントの農業生産を始めとした各種経済状況の資料はありますか?」
と聞いてみた。
「いえ、ありません」
とのことなので、ヘレンに聞いてみる。
「フィリップに頼んでいいかな」
「そうだね」
「今日の定時連絡で頼んでよ」
「了解」
続いて国境地帯の地図を見る。
国境は我が国ノルトラントの主に南側、森林地帯である。魔物も出るので農地などへの開拓がほぼできない。それゆえに自然に国境になっている。かろうじて何本かの街道があり、国境には関所が設置されている。ただし一箇所、大きな湖ブラウアゼーがある。南風の日に船を使って一気に攻め込んでくれば上陸されてしまうかもしれない。そうなると湖畔には漁業を行う寒村が点在していて、民間の被害が確実に出る。寒村とは言え当然道はあるから、そこを拠点に侵攻されると大変なことになる。さらに生まれ故郷のベルムバッハも近い。ベルムバッハ付近は田園地帯だから、ここが戦場になると食料事情に問題が発生する。逆に隣国はこの地域を押さえれば、食料問題がすでに隣国内に発生していれば一気に解決が見込める。
ここに至ってアンは、隣国が戦争準備をしているならば、その理由が何なのか気になった。
「ヘレン、ローデンは今年の収穫は良さそう?」
もう秋だから作物によっては収穫時期だろう。
「うーん、手紙ではとくになんにも言ってこないね」
ネリスが口を挟んできた。
「今年はリンゴはまだかの?」
「そういえばまだね。この夏は涼しかったから」
突然作戦室のドアが開いた。
開いたドアには真紅のドレスをまとったヴェローニカがいた。
目が覚めるようであった。言葉を失ってしまう。
あまりの美しさに目を離せず、戦争の危険を考え暗くなっていたアンの気持ちがやすらいだ。
「諸君どうした、こんなに地図をならべて」
呆然とヴェローニカを見つめる四人に、ヴェローニカは聞いてきた。あわててアンは答える。
「隣国が攻めてくるとしたら、どう攻めてくるか検討していました」
「そうか、では私も今一度地形、情勢を頭に入れよう。君たちは私が持ってきた服に着替えてこい」
「着替えるのですか?」
「そうだ、諸君は変装してネッセタールに乗り込むのだろう。まずは衣装に慣れろ」
「は、はい」
アン達四人は作戦室から追い出され、廊下に出ると二人の人物が待っていた。ユリアとウィルマで、女学校1年の冬、第三騎士団に泊まり込んだときに世話になった二人である。その後もアン達が第三騎士団に滞在するときには身の回りの世話をしてもらっている。1年のときはヘレンがくっついてまわって、メイドの仕事をいろいろ教わっていた。
「皆様、ヴェローニカ様がご実家からメイド服をお持ちになりました。そちらにお着替えください」
ヴェローニカの持ってきたメイド服は、白と黒のいわゆるメイド服で、ふりふりも大きいし首に巻く黒いリボンも妙に大きい。
ヘレンがつぶやき出した。
「萌え萌えキュ……」
「おいやめろ」
アンはつい強い口調で注意してしまった。
ユリアとウィルマの手伝いで、とにかく着替える。新品ではないものの、古いわけではないしよく手入れされている。サイズもピッタリのものを僅かな時間で用意できる当たり、ヴェローニカの実家はよほどの金持ちにちがいない。
アンは視線を感じて見回すと、ネリスがじっとアンの顔をみている。
「猫耳がほしいところじゃの」
「ほんとにやめろ」
着替え終わったところで再び作戦室に向かう。女だらけとは言えここは騎士団、カワイサ全開のメイド服の四人は異様である。ユリアやウィルマの落ち着いた服とは違う。廊下で顔見知りの騎士たちとすれちがうと、驚いた顔をするもの、吹き出しそうになっているもの、反応は様々である。吹き出した騎士については、絶対忘れてやらないと心に誓うアンであった。
作戦室ではヴェローニカが真紅のドレスのまま、アン達が見ていた地図、試料を見ていた。
「アン、君の考えを聞かせてもらおう」
「結論から言えば、隣国ヴァルトラントは戦争準備をしていると思われます。開戦時期は不明です」




