かつての理系女はメイドになる
フィリップからの伝書鳩はちゃんと毎日来た。毎日来たが、ステファン王子は元気だということ以外何も進展がなかった。そもそもフィリップに積極的に様子を探らせると彼の身が危ないから、情報収集は受動的に行うように指示してあった。受動的とは、聞こえてくる話をまとめるだけで、こっちから聞きに行ったりしないということである。
状況がなかなか変わらずイライラするアンだったが、ある日第三騎士団を訪ねてヴェローニカに提案した。
「ヴェローニカ様、大変申し訳無いのですが、私達の護衛、増員をおねがいできないでしょうか」
「なんですか、アン様、私達に余裕がないことはご存知だと思いますが」
いつも気さくなヴェローニカがこんなバカ丁寧な口調をするということは、ふざけているか完全にカッときているかどちらかである。まあカッと来ているのだろう。
「知っております」
「ならば理由をお聞かせください」
ヴェローニカなりに感情を抑えようとしているのがわかる。
「ヴェローニカ様、例の件以来、レギーナ様たちにはとてもよく警護していただいています」
例の件とは、王子軟禁事件である。もちろん未解決だ。
「あの日以来、従来と同じ人員で警備していただいておりますが、ただ、だれも休日をとっておりません。休暇でなく、休日をとっていないのです」
「うむ」
「以前であれば私達と雑談したり、昼間に交代で仮眠をとったりしていらっしゃいましたが、最近は警備中はずっと立って警戒につき、休憩時間も切り詰めていられるように感じます」
「うむ」
「おそらく四人とも責任感の強い方々ですから、他の者にはまかせられぬと、がんばっていらっしゃるのでしょう」
「そうですね」
「私達とは鍛え方がちがいますから、まだ大丈夫です。ですがいずれ疲労は溜まります。そうなると注意が散漫になったり、場合によっては倒れます」
「そうですね」
「ですから早いうちに手を打っていただきたいのです。増員すれば、交替で休日もとれましょう」
アンとしては四人の健康が心配だった。それだけでなく、疲労により警護の失敗の確率が上がるのもよくない。それをもろに言いたいところだが、プロ中のプロの手前、それ以上言うのは控えた。
何秒間かヴェローニカは考えていた。そして突然立ち上がり、アンの前までやってきてひざまずいた。
「アン聖女様、我が部下たちのことをお考えくださりありがとうございます。同時に、将来聖女様を危険にさらしかねなかったこと、お詫び申し上げます」
「ヴェローニカ様、おやめください。まだ何もおきていませんから」
「ありがとうございます。早速手を打ちます」
ヴェローニカは副官のソニアを呼んで指示を出した。それからアンたちを応接用のソファの方に呼んだ。
「アン様、」
「あの、もう様はいいですから」
「うむ、アン、君はまず、レギーナ、ラファエラ、エリザベート、ディアナを休ませたいのだな」
「そうです、できれば早急に」
「では悪いが今夜からしばらく、第三騎士団に泊まってくれないか」
「あ、なるほど」
第三騎士団内に居れば、騎士団全体でアンたちを警護していることになり、責任はレギーナ達だけにはかからなくなる。
「みんな、いいかな?」
アンは仲間たちに聞いた。みなうなずいた。
「う、うむ、アン、というかフローラ、ケネスくんだがまだ見つかっておらん。どこかの師匠のところに弟子入したとかいう情報は掴んでいるから、もう少しでわかるかもしれない」
「ありがとうございます」
「フィリップ殿からの情報は共有しているから、そっちは進展なしでいいな」
「はい」
「で、諸君、そのケネスくんを探しが難航している理由だがな、どうもネッセタールの鍛冶職人たちが、異常に人手不足らしい。どうも隣国から高給でつぎつぎと引き抜かれているらしい」
なんか嫌な話である。
「で、隣国ヴァルトラント関係といえば、王都にある隣国の大手商会が、とつぜん店を閉めたのも近頃話題になったな」
「閉店の理由はなんだっんでしょうね」
商売のこととなると敏いフローラが質問した。
「うむ、本国の不景気のせいとのことだった」
「おかしいですね」
「おかしいな」
アンは口を出すことにした。
「現地で詳しく調べたほうがいいですね」
ヴェローニカも同じようだ。
「うむ、ネッセタールには何人で行くかな」
「目立つのはまずいでしょう」
「表向きこの5人にしよう、もちろん変装してだ」
「護衛は?」
「つける。そちらも変装だ」
「宿は?」
「フローラの実家しかなかろう」
「私は反対です」
なんとフローラが反対した。
「私はネッセタールに知人が多いです。私と年齢が近い3人が同一行動していれば、いずれ身元が割れると思います」
「ではどうすればいい?」
「ヴェローニカ様をお嬢様ということにして、私達をおつきのメイドということにすればいいと思います」
「何? 私は嫌だぞ! いい歳してお嬢様でもないだろう!」
「でも家柄は一番ですよ」
「そうだが、もう5年はドレスを着てないぞ」
「そうなんですか? だから……」
思わずアンはつぶやいてしまった。
「だからなんだ、よし、実力をみせてやる! 私がお嬢様役、諸君がメイドだ!」
 




