かつての理系女は友を泣かせる
「ひさしぶりだね、聖女様」
「ひさしぶりだね、明くん」
「俺をその名で呼ぶのは、この世界で三人目だよ」
二人目は、つい今しがた再会したばかりのヘレンた。
「一人目はステファン殿下ね」
「そう、修二だよ」
その名前を聞いて、胸に衝撃が走った。涙がこぼれるのがわかる。
「フィリップ殿、ヘレン、まあ座らないか。まだ時間はある。落ち着いて話そう」
ヴェローニカが優しい声で言ってくれた。
アンは少し気持ちが落ち着いてきて周りを見回すと、ヘレンはともかくフローラもネリスも泣いている。ヴェローニカが5人を優しい目で見てくれているが、その目も赤い。アンはヴェローニカの優しさにいつまでも甘えていられないと、話を始めた。
「明くん、一応紹介しとく。まず、第三騎士団長のヴェローニカ様、女学校入学以来、ずっとお世話になってる。私達4人とも、第三騎士団に所属している」
「ヴェローニカだ、よろしく」
「よろしくおねがいします」
「あとこっちが優花、ここではネッセタールのフローラと呼ばれてるわ。こっちは真美ちゃん、マルクブールのネリスよ」
「うん、ひさしぶり。言われてみると面影があるな」
「基本的にお互い、こっちの名前で呼ぶことにしよう」
「そうだな。それにしても四人とも女騎士になって、かっこいいな」
「私は本当は聖女だけどね」
「そ、そうか、やっぱりそうか、それはよかった」
「やっぱりって何よ」
「いや君たち4人、6年前から中等学校では有名でな、最初っから特別メニューで授業だろう、そのうち騎士団回って算術教えたんだってな。すごいよ」
「そりゃどうも」
「あとドラゴンだろう、中等学校では誰が求婚するか、よく噂が流れてたんだぜ」
「私達、全然男子と接点なかったけど」
「だからさぁ、よけいミステリアスでさ、さすが我らの聖女様!」
「あのさ、ここにヘレンがいることをお忘れなく」
「う、うん、そうだね」
「それでさ、そういう噂が出るたびにステファンが、ステファン殿下の機嫌がわるくなるんだよ」
そう聞いて悪い気のしないアンである。
「で、あんたらどうしていたの?」
フィリップの話は大体こうだ。
フィリップは先代聖女に見出され、飛び級で王立中等学校に入学した。アンと同じく先代聖女にあった晩の夢で自分の前世を思い出した。中等学校には同い年で同じく飛び級で入学したステファン第二王子がいて、ふたりともとんでもなく算術ができ、やはり二人で特別授業となった。王立女学校には似たような神童がなんと四人もいて、それがよくうわさになっていた。
ある日ステファン第二王子が「おまえ明だろう」と言ってきて、お互いの前世を確認した。
「ステファンがね、あ、殿下がね、お、おっしゃるんだよ」
「フィリップ殿、敬語については聞かなかったことにする、気楽に話せ」
「す、すみません、ヴェローニカ様」
「それでね、言うんだよ。君たちは、僕たちと同じく地球から来たって。しかもその一人の名がアンだろう、間違いないって」
ヘレンが口を挟んだ。
「じゃあ、なんで連絡くれなかったの?」
「それはね、殿下のお立場の問題だ。中等学校は女人禁制、女学校だって似たようなものだろう。王位継承権のある者がうかつに有力者に近づくと、危ないんだよ。実際今だって、あ」
フィリップは突然口をつぐんだ。ステファン第二王子が軟禁されているのは公にされていないからである。しかもアンにとって聞きたい話でないことはまちがいない。
アンの気持ちをおもんばかったのか、フローラが話し始めた。
「フィリップ、あんたに接触したのはね、そのことと関係あるのよ。アンはもちろん殿下に会いたい。解放したい。でも我々には情報がまったくない。だからまず、あんたに接触したの」
「なるほど」
「まず、殿下は無事なの?」
「ああ、元気だ。宮殿の自室に軟禁されているらしいが、行動の自由と人との接触が極端に制限されているだけで、王子としての待遇には変化がないみたいだよ」
「よく知ってるね」
「俺は伝書鳩の魔法が使えるからね。これからは君たちとも通信可能だ」
「あったことのある人にだけ使えるってこと?」
「そう、他人にはわからないから、通信の秘密は絶対大丈夫だよ」
何を思ったかフィリップはヘレンの方を見ながら言った。
ネリスも口を挟む。
「秘密はわかった。で、なんで殿下は軟禁されたのじゃ」
「もしかしてオヤジ化悪化した?」
「うるさい!」
アンは静かに言った。
「話をすすめてもらっていいかしら」
「あ、ごめん、最近ある噂が流れたんだよ」
「どんな噂?」
「聖女様に第二王子が選ばれたって」
「殿下が聖女になるってこと?」
「ちがうちがう、聖女によって、次期国王に選ばれたってことだよ。根拠はしらん」
フィリップを除く全員の視線が痛いアンだった。
まちがいなく、聖女就任式の光が原因だ。
そのあともう少し話し合ったが、王子解放の妙案が出るわけもなく、伝書鳩の魔法で定期的に連絡をとりあうことを決めて解散した。
帰りの馬車に、めずらしくヴェローニカが同乗した。ヘレンの様子が心配だったらしい。せっかく再会できたのにわずかな時間でまた引き離してしまったからだ。
ヴェローニカはヘレンの横に座り、ヘレンはヴェローニカにすがりついてしまった。限界なのかひどく泣いている。ヴェローニカはヘレンの頭をやさしくなでていた。
しばらくすると、ヘレンは泣き止んで姿勢を正すことができた。
「ヴェローニカ様、取り乱して申し訳ありません」
「いや、こういうこともあるさ。それにしてもフィリップ殿は、なかなかおもしろい御仁だったな」
「軽薄って言ってもらっていいですよ」
「は、はは」
困ってしまったヴェローニカを見て、アンは言った。
「あれでも、私達のだれよりもずっと頭がいいんです。あのふざけた態度のむこうに、彼の優しさがあるんです。そしてヘレンはそんな彼が大好きなんです」
ヘレンは今度はアンにしがみついて泣き始めた。




