かつての理系女は正体を明かす
新学期を2週間ほどこなし、いつもの四人で第三騎士団に顔を出したアンはヴェローニカに呼び出された。呼び出されるのは毎回のことなので気楽に騎士団長室に入ったのだが、ヴェローニカの雰囲気はいつもと違った。秘書官まで追い払ってヴェローニカとアンたち四人、合計五人しかいない状態でヴェローニカはようやく口を開いた。
「ステファン第二王子が軟禁されているらしい」
はじめなんのことを言われているのかわからなかった。
しかしその言葉が頭の中をぐるぐるまわり、修二がまた手の届かないところに行ってしまうのかと思うと、心臓が掴まれるような気がした。
そのままアンは気を失ってしまった。
気がつくとアンは騎士団長室のソファに寝かされていた。呼吸を楽にするためだろう、衣服が緩められていた。体を起こそうとすると、ヴェローニカに止められた。
「そのままでいい、ゆっくり話そう」
「はい」
フローラが聞く。
「水、飲む?」
「うん、もらう」
「少しだけにしなよ」
「うん、ありがと」
水を飲むと少し落ち着いた。
「アン、答えにくければいいのだが、ステファン王子は、アンにとって特別なひとなんだな?」
「はい」
「いつお会いしたんだ? そんな暇なかったろ」
「聖女就任式にご出席いただいただけで、お会いしたことはありません」
「では、なぜ?」
「……」
「いや、話しにくいことであればいいのだ」
「ヴェローニカ様、大変申し訳ないのですが、四人だけで相談していいでしょうか」
「ああ、よかろう、フローラ、すぐ外にいるから、何かあったら呼べ」
「はい、ありがとうございます」
ヴェローニカは盗み聞きなどしないと言っているのだ。ただ心配だからドアのすぐ外にいる。だから小声で話せと。
しばらく沈黙が支配していたが、ヘレンが口を開いた。
「修二くんなのね」
アンは答えるしかなかった。
「そう思う」
「根拠は?」
「以前から修二くんを思い出すと、魔法がパワーアップするの。だけどね、聖女に就任してからはステファン王子を思い出しても同じ効果があるの」
「気持ちが王子に移ったんじゃないの?」
アンはムッとしたが、これはヘレンが敢えて批判的に話をしているなと思った。アンの考えが間違いないことを、批判に反論させることで立証しようとしているのだ。
「だってステファン王子は遠くで一回みただけにすぎない。言葉を交わしたこともない。あとね、私が就任式で出した光がステファン王子に吸い込まれたでしょう。そこではじめてステファン王子を意識したのよ。あの光を出した時も、修二くんのこと考えてた」
「そうか、じゃ、まちがいないね、優花、真美ちゃん、どう思う?」
のぞみは敢えて、元の世界の名前で二人を呼んだ。
「同意するわ」
「ワシも間違いないと思う」
杏は一呼吸おいて、考えを述べることにした。
「私はステファン王子の軟禁を解き、直接会ってみたい。そのためには軟禁の理由を探る必要がある。理由を探るには私達にはほとんど手段がない。だから強力な味方が欲しい」
優花は返事する。
「それはもっともだと思うけど、味方って誰? お父さま?」
「ううん、ヴェローニカ様」
「なるほど、私達に身近で、私達のことをよく考えてくれ、政治力もある。適任ね」
今度は真美が聞いてきた。
「しかしじゃな、どうやって味方に引き込むんじゃ?」
のぞみも口を出す。
「もしかしてアン、あんた、話す気?」
アンはまた少し間をおいて答える。
「うん、話そうと思う。ここに来る前のこと、修二くん達のこと」
優花は厳しい表情だ。
「わかるけど、それだと、私達の目標は全員でもとの世界に戻ることよね。協力してくれるかしら」
のぞみも同じらしい。
「わざわざ育ててきた新聖女を、この国が手放すかしら。ヴェローニカ様も国益第一で動くと思うよ」
杏は最近考えていることを話すことにした。
「あのね、私、もとの世界には帰りたい。だけど一番大事なのはかつての仲間をとりもどすこと。それでね、この世界でも仕事したいのよ。この世界をあっさり去るにはもう、私達は長いことここで生きすぎてる。私、この世界好きよ」
「「「……」」」
「だからね、私、帰るのはこの世界で与えられた仕事をやり切ってからでいいと思ってる。そうでなければ、この世界で私達に期待してくれた、育ててくれた人たちに申し訳ない」
「「「……」」」
「だからね、私一人で決められることではないけれど、どうかな?」
はじめに反論したのはのぞみだった。
「あんた、物理どうするの? 超電導は?」
杏が物理に超伝導に心血を注いでいたのを知っているのはのぞみである。
「私は理論だから大丈夫っていうのは嘘で、私もくやしい。だけどね、物理よりも、眼の前の人よ」
「「「……」」」
「あのな、一番つきあいが短いワシが言うのもなんじゃが、聖女様がこう言うのじゃ、ワシは賛成じゃ」
真美の言葉に優花ものぞみも「そうね」と同意した。
「それでな、ワシはこの国に女子大を作るぞ!」
「「「女子大?」」」
「そうじゃ、この国の男子には6年制の高等教育機関があるが女子にはない」
真美の言う高等教育機関は王立神学校、王立高等学校、王立医学校の3校である。
「中等教育を終えた女子はもう、働きながら各自の能力を伸ばすしかなく、女子のこの国における立場は弱い。まず神学部をつくる。学部長はフローラ、魔法は神から与えられた能力じゃからの。次に法学部、これはヘレンにやってもらう。この国の行政を法的に整備するのじゃ」
「なんか文系の大学ね」
アンは不満を漏らした。
「何を言う! 理学部長の席は、アンにとっておいてあるぞ!」
「え、ヤダ」
「何故じゃ、お主しかおらんであろう!」
「あのね、扶桑の理学部長、澤田先生って言ってね、学会で真美ちゃんも見たと思うんだけど」
「あ、あの貫禄あるご人か」
「どうしてもあのイメージが……」
のぞみと優花が爆笑した。
「それにしてもさ、真美ちゃん、本当の動機は何なの?」
杏は気になっていたことを聞いてみた。
「うむ、おかげさまで女子高は経験させてもらった。じゃが女子大はまだじゃ! ワシも女子大生したい!」
「え、さっきの話だと、真美ちゃん学長やるんじゃないの?」
「いやじゃ、女子大生をやるんじゃ!、ワシの、ワシによる、ワシのための女子大じゃ!」
ドアがノックされた。返事をすると小さくドアが開けられ、ヴェローニカが顔を出した。
「アン、そろそろいいか。密談にしてはずいぶん楽しそうな……」
「申し訳ありません!」
ヴェローニカは入室して、静かに聞いた。
「結論は出たか?」
「はい」
「では、話してもらおうか」
「はい」
アンは返事をしたものの、なかなか話を始めることができない。やっとのことで、
「あ、あの、私達の正体というか、本当の姿というか、なんですが……」
とだけ言えたが後が続かなかった。
するとヴェローニカはさらりと言った。
「みなが異世界人だということか?」




