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かつての理系女は授業をする

 アンの夏休みは数日だけで終わり、その後はフローラ、ヘレン、ネリスが順番に里帰りした。その期間中も騎士団の訓練は進んでいたのだが、アンの護衛としての訓練はやはり3人揃ってのときが都合がいいので、個人訓練が主体となった。その分訓練はどうしても緩やかになり、アンはその分聖女としての訓練と、女学校時代からの勉強の続きをやっていた。だからアンはのんびりする時間は無く、あっという間に夏休み期間は終わってしまった。

 

 夏休み期間が終わるということは、王立女学校での勤務が始まるということである。夏の間中は第三騎士団で寝起きしていたので、女学校の寮は久しぶりである。ただし部屋は変更された。今までの生徒用の部屋ではなく、教員用の個室になった。ただアンが一人で寝ることが許されていないので、つづきの4部屋の壁に通路を作り、常にアンが部屋で一人にならないように指示された。しかも就寝する部屋はランダムに変更するよう指示された。近くの部屋の教員は徹底的に身元調査され、少しでも怪しい点の見出された教員は部屋替えされた。さらに学校制度を変更して第三騎士団の団員が常駐するようになった。表面上の理由は、将来の王族の入学にそなえてあらかじめ体制を整えておくということになっている。それに飽き足らず、体育の教員として身分を隠した第三騎士団団員が4名入寮している。

 

 アンたち4人の担当教科は予定通り算術で、4人がかりでチームティーチングすることになっている。今まで同様、騎士団への算術指導もあるので、アンたちが外出する言い訳には困らない。

 

 入学式はつつがなく終わり、新任教員であるアンたちはオリエンテーションも特に手伝うこと無く終わる。新入生の顔を落ち着いてみるのは、やっと夕食時であった。今年の新入生もみな優秀そうでけっこうなことである。

 

 初めての授業は4年生であった。アンたちよりも年上である。落ち着いて授業を聞いてくれるか心配だったが、すでにアン達の顔も知っていたし女学校に残ることも知られていたので問題なく済んだ。

 問題は次の授業、1年生だった。

 アンたちが教室に入っていっても、上級生が入ってきたくらいの感覚であったようで、おしゃべりが止まらないどころか席につかないものも多い。授業の鐘がなっているのにである。教壇にアンが立っているのを見ても、なんの反応もない。ヘレンやネリスが声をかけて回るが、なかなか埒が明かない。フローラも一生懸命やっているが、これまたうまく行っていない。

 アンは段々とイライラしてきて、ついに限界を迎えた。

「席に着きなさい!」

 最近は騎士団で鍛えているので、びっくりするくらい大きな声が出た。

「鐘はすでに鳴っていますよ!」

 すると殆どの生徒はノロノロと席に着き始めた。ただ、それでも反抗的な生徒はいる。

「だって先生来ていないじゃないですか」

 確かにアンたちは第三騎士団の制服姿であるから教員に見えないのだろう。常駐することになった第三騎士団の平団員にみえるのかもしれない。

「先生が来ていようといまいと、時間になれば席に着き、学習の準備ができているのが当然です。女学校ではそのような振る舞いをまず身につけるべきです」

「そうかもしれませんが、あなた、先生じゃないでしょう?」

「私が今日、算術を担当しているベルムバッハのアンですが何か?」


 教室に緊張が走った。どうも新入生にもアンの名は轟いているらしい。それはそうだろう、基準より4年も若く入学し、飛び級を断りながら結局首席でこの春卒業、そのまま教員になったアン達である。第三騎士団に所属することも知られているかもしれない。

 

「も、申し訳ありません」

 相手を知って急にペコペコするのを見て、アンとしては相手の身分で態度を変えるのはあまり好ましくないと思ったが、一度に二つの事を注意しても効果が低いと考え、それは見逃しておくことにした。

「あなた、お名前は?」

「は、はい、ケムニッツのコンスタンツェです」

「コンスタンツェさんですね。しっかり勉強していきましょう」

「よ、よろしくおねがいいたします」


 新入生の算術は、負の数の導入から始めた。教科書通りに負の数の定義から始め、負の数をいかに使うか具体例を用いて展開した。教科書の例で足りなそうな部分は、アドリブで例を増やした。

「では問題演習しましょう。教科書の5ページの……」

 

 それからは各自のペースで問題を解いていってもらった。丸つけはアンを含め四人で机の間を巡回して行う。教科書の問題を解き終えた生徒には、追加の問題を板書した。逆に苦戦している生徒には、アドバイスを加える。そうするうち、鐘が鳴った。

 アンは教卓に戻る。

「今日の授業はここまでです。今日は宿題はありません。余った時間は予習するもよし、他の教科の勉強に当てるもよし、次回の授業まで皆さん有意義にすごしてください」


 四人で職員室に戻る。職員室でヘレンが言った。

「アン、宿題なしなんて、意外と甘いのね」

「いや、まだ必要ないでしょ。まだ学校に慣れることに大変でしょ」

 次にネリスが発言する。

「それにしてもコンスタンツェだったか、生意気だったのう」

「元気でいいんじゃない」

 今度はフローラが言った。

「あの子、算術はできるわよ。私、算術ができて、元気がありあまっている卒業生、二人は知っているんだけど」

 アンはフローラが誰のことを言っているのかすぐにわかり、大笑いした。当の二人はムッとしていた。

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