かつての理系女は祠を建てる
女騎士たちに囲まれても、ルドルフは落ち着いていた。それはそうだろう、ルドルフは第三騎士団で生まれたのだ。最近入団したものでなければ、ルドルフは皆知っていてもおかしくない。ルドルフは歩み寄るものみんなに甘えるように顔をこすりつける。
「おいルドルフ、くすぐったいぞ」
最初は腰砕けだったヴェローニカも、ルドルフにべったりになっている。
「母の気持ちというのはこういうものなのかな?」
それを見ていたヘレンが小声でエリザベートに聞いた。
「エリザベート様、ヴェローニカ様はそのへんのところ、どうなっているんでしょうか」
「そのへんって、何?」
「あ、だから、男性関係とか」
「私からは言えない」
「そこをなんとか」
「察してよ」
「おい、察しろとはどういうことだ?」
最後の言葉はヴェローニカである。
地響きが聞こえてきた。ヴェローニカが言う。
「なんだなんだ、騒々しいな」
「ラファエラ様とフローラが戻ったのではないでしょうか」
魔物の気配は無い。
地響きが近づいてきた。予期した通りラファエラが先頭、フローラが続いている。さらに騎士たちが続いている。アンが呑気に手を振ろうとしたら、ラファエラが、
「停止、停止」
と隊列に急停止を命じているのが聞こえてきた。
「ヴェローニカ様、大丈夫ですかぁ?」
ラファエラの大声が聞こえる。
「大丈夫だぁ! 危険は無い!」
「ですが」
「ああ、ドラゴンか、ルドルフだ! 覚えているだろう!」
「え、あ、あのルドルフですか?」
「そうだ、驚かせてもいけないから、ゆっくり近づいてこい!」
ルドルフは地上に降り立ってからずっと座っていたのだが、フローラと挨拶を交わしたあとは寝そべってしまった。アンはルドルフに近づき頼んでみた。
「ルドルフ、ときどきでいいからこの森に来て、見回りをしてくれないかしら」
「ウォン」
「ありがと、じゃ、ちょっと待っててね」
「ウォン」
祠の建設が始まった。とりあえずの祠だから、簡単なものである。あっという間にできた。アンは祠の前に立ち、ルドルフを呼んだ。
「ちょっと来てくれるかな」
ルドルフはのそのそと歩いて来て、アンの示す祠の横に座り込んだ。
ヴェローニカが命じる。
「総員、祠の前に整列! 只今より聖女様が祠建立の儀式を行う!」
みるみるうちにさっと祠の前に立つアンの前に二列横隊で団員たちが並んだ。アンから見て左となりにはヴェローニカが立ち、その向こうにネリス、アンの右側にフローラとヘレンが立つ。あまりに自然にすっと位置に着くフローラ、ヘレン、ネリスをみて、こいつらいつの間にこんな訓練をしていたのだろうと思う。
「聖女様、では」
ヴェローニカに促され、アンは儀式を始めた。
「それではみなさん、これよりこの森の平和のため祈りを捧げます。みなさんもお力をお貸しください」
一同頭を下げたのを見て、アンは祠の方に向き直った。祠の横のルドルフにも声を掛ける。
「ルドルフも、協力してね」
「ウォン!」
アンは祈った。森の平和を。植物、動物、そして魔物の調和を。ルドルフ、力を貸して欲しい。必死に祈りを捧げていたら、突然ルドルフが飛び立った。
「ウォーン!」
大声で鳴き、上空をぐるぐると回り始めた。
アンは祠に先程書いた御札を納め、扉を閉めた。
「ルドルフ!」
「ウォーン」
ルドルフが降りてきた。
「ルドルフ、ありがとね。時々でいいから、お願いね」
「ウォーン!」
再びルドルフは飛び上がり、しばらく頭上を旋回したあと、どこかへともなく飛び去っていった。
「みなさん、ありがとうございました。村へ戻りましょう」
「皆のもの、準備せよ!」
「ハッ」
日がかなり傾いている。いくら日の長い北国であっても、帰るのを急いだほうがいい時間だ。
真夏ではあるが陽の光に赤い成分が増えてきて、これはこれで美しい。
「空が青い理由と夕焼けが赤い理由が同じなんだよな」
アンはついつぶやいてしまった。
隊列は森を抜け、田園をすすむ。もう村まで遠くはない。セピアカラーになにもかもが染まっている。これほど美しい風景を最近見た記憶がない。
いや、日々の業務に追われ、目に入ってもそれを美しく受け止める余裕がなかったのだろう。
誰かのお腹がなる音が、隊列の騒音を超えて聞こえる。
村の家屋から炊事の煙が上がるのが見える。
西の空には一番星が見える。そう言えば天体の運行については詳しく調べていないことに気づいた。この世界の機材で、相対論的効果がわかるところまで天体の運行を観測することができるだろうか?
ヴェローニカがアンの横にやって来た。
「アン様、今夜は気兼ねなく、ゆっくりとお休みください」
丁寧な口調だが、いつものからかったような雰囲気はなく、心の底からアンを気遣っているのが伝わってきた。




