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かつての理系女は初陣を迎える

 暫く進むと、ついに魔物の気配を感じた。子供の頃に会った魔物はアンを見ているだけだったが、今日のは違う。明白に邪悪なものを感じる。

「ヴェローニカ様、出ました。左前方、100ネリスです」

 第三騎士団では、昔のネリスの身長が距離の単位になってしまっている。最初はネリスは恥ずかしいと文句を言っていたが、最近は何も言わない。

「うむ、私には見えんな」

 ヴェローニカはそう言ったが、

「左前方100ネリスに魔物、ただし他の方向にも注意せよ」

と後方へ申し送りをした。


 少し前進すると、魔物が逃げた。

「ヴェローニカ様、逃げました。ですが前方は魔力が濃いです」

「ということは斥候か?」

「かもしれません」

「ということは側方が危険になるな」

「常識的には右側が危ないでしょうか」

 道の右側のほうが高くなっているからだ。

「そうだな、しかし魔物の考えはわからんからな」

「ヴェローニカ様、具体的な指示を後ろに出していただけますか?」

「皆練度は高いぞ」

「そうですが、私の仲間は実戦経験がありません。その差は大きいです」

「わかったが、私は仲間じゃないのだな?」

 まだヴェローニカは冗談を言う余裕がある。頬をふくらませるアンも、少し緊張していたことに気づいた。


「先程の魔物は逃げたが、前方は魔力が濃く、逃げた魔物は斥候の可能性が高い。側方からの攻撃に留意せよ。隊列の奇数番は右方、偶数番は左方に警戒せよ。殿のネリスは後方に集中せよ。攻撃を受けた場合、アンを中心に円形陣を作れ」


 ヴェローニカはアンの意見を入れてくれ、細かい指示を出してくれた。一番むずかしい殿を任されたネリスは張り切っているだろう。

 

 しばらくはそのまま進めたが、魔物の邪悪な気配はいよいよ濃くなる。アンはヴェローニカに伝えた。

「二列縦隊にしたほうが良いと思います。明確に魔物の位置はつかめていませんが右からも左からも感じます。しかも左のほうが濃いです」


 傾斜としては右のほうが高い。常識的には上から攻撃するほうが有利だ。だからこの状況はおかしい。アンがそう考えているうちにヴェローニカが指示を出す。

「二列縦隊、奇数番右、偶数番左! 右からの奇襲が考えられるが、左にも魔物の気配がある。挟み撃ちの危険を考慮せよ!」

 素早く隊列が変えられた。

 

「来ました 右です」

 予想通り、攻撃は右から始まった。魔力の塊が急速に近づいてくる。

「フローラ、防御魔法!」

 ヴェローニカが叫んだ。アンの力はまだ温存するつもりらしい。

「ハイッ」

 フローラが鋭く叫ぶ。黒い塊が何個も右から飛んできた。

 

 そこからは夢中であった。右からの攻撃をしばらく受け止めていると、やはり左からも攻撃が始まった。そのころには右からも左からもガイコツと化した魔物が何体も見え始めた。以前にはこんな魔物はこの森にはいなかった。

 アンはレーダー役に徹した。実戦経験が無いアンには、状況をヴェローニカに伝えるのでいっぱいっぱいであった。ヴェローニカの指示でフローラが防御魔法を維持し、他の者が攻撃魔法で防戦した。それでもだんだんとアンデッドどもが距離をつめてきて、白兵戦になりそうになった。

「アン様、お願いいたします」

 ヴェローニカが言った。聖女の力で一気に浄化してしまえということだろう。

 アンは祈った。健全なかつての森の様子を思い浮かべ、その中をあの人とほほえみながら散歩する光景を考えた。

 

 それで終わりだった。

 

 森の中に騎士たちの荒い息遣いだけが聞こえる。アンが目を開けると、ただの普通の森が広がっているだけだった。小鳥たちの声も聞こえる。付近をさぐると、ぽつぽつと魔物の気配はあるが、邪悪さはまるでない。

「浄化できたようです」

 アンはそう言うのが精一杯で、馬から落ちそうになった。

「おい、しっかりしろ!」

と言って、ヴェローニカが支えてくれた。

「ここで小休止する。レギーナ、ラファエラ、エリザベート、ディアナ、周辺を警戒せよ。他のものが先に休息する」

 休息といってもフローラもヘレンもネリスもくたくたで、馬から降りようともしない。なんとヴェローニカが座りやすいところを見つけ、汚れにくいように泥をどけたり草をのせたりし、ひとりひとり馬から降ろしてすわらせたのだ。レギーナたちは命令通り、息はまだ少し荒いながらも剣に手をかけたまま周辺に警戒の視線を送っている。

「アン様、申し訳ないのですが、周辺警戒だけお願いできますか。座ったままで結構です」

「はい、だいじょうぶです」

「ありがとうございます。全員馬から降りろ! レギーナ、ラファエラ、休憩をとれ。エリザベート、ディアナ、念の為警戒だ。すこししたら交代させる」

 大きな声ではないが、するどい指示で素早く騎士たちが動く。

 ネリスが発言した。

「ヘレン、ワシもまだまだじゃなあ。とてもあんなふうには動けんよ」

「あんた、ワシとか言っているうちはまだ大丈夫よ」

 ヴェローニカは慰めるように言った。

「ネリス、初陣であれだけ動ければ上出来だ。そもそもあれだけ困難な状態に初陣の騎士を投入しないからな」

「それはアンのせいで、こんな目にあったということですか?」

「こら、口のきき方に気をつけろ! 聖女様のご判断に間違いなどあるはずないではないか」

 口調と裏腹に、ヴェローニカは笑顔であった。

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