かつての理系女はオモリに入る
昼の休憩後、森の視察に出た。村には数名の団員を残しただけで、ほぼ全員で向かう。時間を稼ぐため、アンたちとヴェローニカ、他数名が馬で先行する。一般兵士は村で資材を購入し、馬車などで後を追う作戦だ。森のほぼ中心に少し切り開けたところがあり、今日はとりあえず仮の祠を作る。
馬を軽く走らせ、森へ急ぐ。見慣れた懐かしい風景だ。しかし森が近づくと、アンには異変が感じられた。あからさまに魔物が多い。
森の入口でアンはヴェローニカに声をかけ、一旦隊列を止めてもらった。アンはヴェローニカの横に馬を寄せた。
「ヴェローニカ様、魔物の気配が濃いです。しかも害意をもつものが複数いる気配があります。ですからここから私が先頭に立ちます」
「なりません。危険であれば私が先頭に」
「それこそ危険です。ここの魔物たちは私には手を出せません。目印用のテープをください。私が魔力をこめ、目印として木に結びます。魔除けにもなります」
「わかりました。では直衛として私とレギーナたちをつけます」
「いえ、直営はフローラたち3名で充分です」
「失礼ですが、3名はまだ未熟です」
「騎士としてはそうですが、3名の持つ魔力は私に近いです。先代の聖女様がお示しになっています」
「わかりました、では森に先行して入るのはアン様、フローラ、ヘレン、ネリス、そして私とレギーナたち4名の合計9名ではどうでしょうか」
「いいでしょう。少数精鋭のほうが却って安全でしょう」
ヴェローニカが団員たちに指示を出した。
「皆、今の話は聞いていたと思う。聖女様のご指示通り、9名で森の内部に向かう。他のものはこの場で待機だ」
するとある団員が進み出てきた。
「お言葉ですがヴェローニカ様、私は反対です。お言葉通り精鋭中の精鋭であることは認めます。ですが、アン様を初めとして第三騎士団の最重要人物に何かあれば、大変なことになります。指揮系統もズタズタになります」
ヴェローニカが答える前にアンは割り込んだ。
「大丈夫です。ヴェローニカ様だけでなく、全員かならず無事に戻ります。カロリーナ様でしたね」
カロリーナは第三騎士団でともにアップルパイを食べた仲だが、不思議とその後の接点はなかった。
「覚えて頂いて光栄です。ですが不測の事態も考えられます。その際は我々が魔物と皆さんの間に入りますから……」
「なりませんッ!」
アンは思わずカッとなってしまった。
「隊列が伸びれば、後方に被害が出る可能性が高いです。私にも守りきれる自信がありません。カロリーナ様のお気持ちはありがたいですが、私は今日、一人も団員の犠牲を出したくないのです。もちろん、カロリーナ様をはじめ団員の皆さんは、必要とあらば命を投げ出すお覚悟があるのでしょう。でも、それは今日ではありません。国のため、民のため、皆さんの命を惜しんでください」
カロリーナはなおも食い下がった。
「アン様の仰ることはわかります、ですが、我々は命を惜しむなと教育されております」
アンは切り口を変えることにした。
「カロリーナ様、あなたを立派な騎士に育て上げるのに、いったいどれくらいの国費を費やしているのかご存知ですか」
「存じません」
「おそらく一般の農民一人の収入の50年分になると思います。いいですか、収入の50年分ですよ、納税額の50年分ではないですよ」
「いえ、私は実家から援助を受けて」
「それも結局は領民の税金でしょう」
「そうですが」
「領民は必死に働き、少ない収入の中からなんとか納税し、その税で国があなたを育てたのです。ですから無駄死は領民の労働を無意味なものにします。騎士は領民のためにあるのですよね」
「はい」
「ヴェローニカ様はそこまでお考えの上で、今回の命令を出されたはずですよ」
アンがヴェローニカの方を見やると、ヴェローニカは、
「う、うむ、もちろんです」
と言った。アンはトドメとして言った。
「カロリーナ様、おそらく今日私は森での仕事を終えたら体力は殆ど残っていないのと思います。ですから村までの道は、どうかお願いいたします」
「は、はい。差し出がましいことを言って、申し訳ありませんでした」
「いえ、あなたが任務を真剣にこなしていることを再確認できました」
ヴェローニカも言った。
「カロリーナ、真剣な反対意見は重要だ。騎士団への貢献に感謝する」
姿勢を正すカロリーナの目に光るものがあった。
アンを先頭に、ヴェローニカ、レギーナ、ヘレン、エリザベート、フローラ、ラファエラ、ディアナ、ネリスの順に一列になった。アンたち四人は魔力に優れ、その間に剣の能力が高い騎士たちを挟んだ。これにより側方や後方からの魔物攻撃にも対応しようとしたのだ。
少し進むたび、アンは祈りを込めたテープを少し切り、後ろのヴェローニカに渡す。ヴェローニカは木の枝にそのテープを結びつける。
「ヴェローニカ様、なんだか申し訳ないのですが」
「アン様のすぐ後ろは私だし、私が一番背が高いので適任でしょう」
アンはヴェローニカが、わざと無駄に丁寧な口調をしていると思った。要は遊んでいるのである。余裕があるのはいいことだ。




