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かつての理系女は丸め込む

 ヨハンの治療を終えた一行は、一旦教会へもどった。

 礼拝堂に入ったところで、ヴェローニカはアンに聞いた。

「アン、ここの森は以前からこんな種類の魔物が出ていたのか?」

「いえ、以前はこんなことは」

 ちょうど父様が事務室から礼拝堂に出てきた。アンたちが帰ってきた物音を聞いたのだろう。

「皆様、ご苦労さまでした。ヨハンは良くなりそうですか?」

 ヴェローニカが笑顔で答える。

「ああ、大丈夫だと思います。明日また行ってみますが」

 ここでヴェローニカは視線をアンの方に向け、暗にアンが治したことを伝える。

「そうですか、それは良かった。昔はあんな魔物はいなかったんですが、ここ何年かで住み着いたようです」

 この会話聞いてアンは考える。もしかしたら自分の不在がベルムバッハの森に魔物を呼んでしまっているのではないかと。父さまは話を続ける。

「私も時々は森を見て回っているんですが、手が回りきらなくて……」


「ある程度以上の魔力を持つ者が定期的に見回るくらいしか手はないか……」

 アンはここで口を出すことにした。

「あの、僭越ですが、私の願いをこめた御札を作り、それを祠に収めるというのはどうでしょうか? 効果があるかどうかはわかりませんが」

 父の顔が明るくなるのがわかる。ヴェローニカも、

「聖女様のお考えであれば、騎士団は微力ながらご助力を惜しみません」

と言ってくれた。アンは続ける。

「では一度様子を見に行きましょう。祠に適した場所を下見したほうが良いかと思います。騎士団に森の地図はありますか」

「うむ、だれか、持ってきてくれ」

 誰かが走って地図を取りに行く足音がする。父さまは、

「聖女様、お祈りはどこでなさいますか」

優しい顔で言ってくる。

「現地で行うのが良いかと思います」

「わかりました。準備いたします」


 アンが口を出したときから、ヴェローニカも父さまも顔つきこそ今まで通りだた、口調がアンを目上として扱っていることにアンも気づいていた。確かに自分は教会の娘のアンとしてではなく、聖女として発言していた。だからふたりとも聖女に対する正しい言葉遣いをしたのはわかる。

 しかしアンとしては、未だにそのように目上の者として扱われるのに慣れない。いずれはなれるのだろうが、それはそれで寂しい気もする。

 

 そんな考え事をしているうち、昼食の時間になったようだ。気がつくと母さまが目の前にいた。アンの耳元に口を寄せ、小さな声でいった。

「アン、考え込まなくても、あなたはいつも正しいわ。いつもどおりのアンで大丈夫よ。お昼にしましょう」

 母さまは周りに聞こえない声で言った。アンの気持ちがわかったのだろう。そう、今は形式の問題なのだ。それだけなのだ。

「母さま、ありがとう」

 アンは返事して立ち上がった。

「ヴェローニカ様、失礼しました。考え事をしていました」

「そうですか、それでは昼食といたしましょう。アン様はご家族とごゆっくりとなさいませ」

「ありがとうございます」

 アンは礼を言うだけでなく、ヴェローニカを見つめたまま小さく頷いた。午前の仕事は終わったので、気楽にしてほしいという合図である。その合図が通じたのかヴェローニカはニヤッと笑ってくれた。そして騎士団の者たちに昼の休憩に入るよう指示を出し始めた。

 

 昼食後の休憩で、とつぜんネリスがぼやき始めた。

「ヴェローニカ様はずるいのう、アンと目で合図するだけで意思疎通ができるんだからの」

「なんのこと?」

「昼前じゃ、ヴェローニカ様に敬語モード終了を目で伝えておったろう。ワシはアンの合図じゃわからんかったぞ。ヴェローニカ様の笑顔でやっとわかったぞ」

「わかったならいいじゃん」

「いやいや、ワシらのほうが、アンとの付き合いは永いんじゃぞ。悔しいではないか」

「ははは、だけどさ、ネリスはさ、私達の中で一番騎士になりたかったんでしょう?」

「そうじゃが、なんじゃ?」

「だからさ、団長の顔つきだけで意図がわかるんだからさ、しっかり団員できてるってことだよ」

「そ、そうかの? しっかり団員できてるかの?」

「そうだよ、私達の中で一番騎士らしいよ」

「うむ、よかった。ありがとう、アン」

 うまく丸め込めた。


 ネリスが用足に席を外したとき、フローラがアンに言った。

「ちょろいね」

「うん、ちょろい」

 母さまはヘレンに質問した。

「ネリスって、あんな口調だったかしら?」

 ヘレンの返事は辛辣だった。

「ま。あんなもんです。今まで猫を被ってただけです。中身はオヤジです」

 母さまは納得していないようだったが、アンとフローラは大笑いしてしまった。ヘレンも笑っていた。

 しばらくして戻ってきたネリスは、いつまでも笑っている友人3人を見て「?」という顔をしていた。ついに母さままで笑い出した。

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