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かつての理系女は確信する

 ヴェローニカの行動は早かった。午前中にアンたち4人と騎士数名、さらに衛生兵を連れてヨハンとニーナの家に行った。


「こんにちはー」

 アンがノックして声をかけても、家の中から返事はなかった。数度声をかけたが反応がないので、仕方なく戸を開けてみる。

「こんにちはー、どなたかいますかー?」

 すると奥の方から弱々しい声がする。アンはヴェローニカに中に入っていいか聞いた。ヴェローニカは護衛の者をアンにつけ、自分自身も入ると言った。

 アンは、ヨハンの名を呼びながら家の中を探す。小さな家だからヨハンはすぐに見つかった。家にはヨハンしか居なかった。父オットー、母デリア、そしてニーナは仕事に外に出ているようだ。


 ヨハンは奥まった小さな部屋のベッドの上に横たわっていた。

「アン、ひさしぶりだな」

 弱々しい声で言う。

「ヨハン、久しぶりね。あなたの具合が悪いと聞いて、騎士団の衛生兵と一緒に来たわ」

「ああ、ありがとう。アンは騎士団に入ったんだってな、ニーナに聞いたよ」

「うん、それで、どうしたのかしら」


 ヨハンの話では、森の中でスライムに襲われたのだと言う。なんとか避けようとしたのだが、スライムが足に触れ、そこがただれ、今は黒くなってきていると言う。

 ヴェローニカが衛生兵を呼んだ。

「ヨハン、足を見せてくれるかしら」

「ああ、あんまり気持ちのいいものではないぞ」

「うん、だいじょうぶ」

 衛生兵がヨハンが被っていたうすい夏布団の足元をめくると、左膝の少し下から足先まで、真っ黒になりすこし細くなってきていた。ミイラ化が始まってしまっている。

 衛生兵がヴェローニカとアンを交互に見て、

「ちょっといいでしょうか」

と聞いた。ヴェローニカは無言で顎で外に出るよう指示した。


 ヴェローニカとアン、そして衛生兵はオットーの家の外にまで出た。話の内容をヨハンに聴かせないためである。家の周りもまた数名の騎士たちが警戒している。

 はじめに発言したのは衛生兵だった。

「通常、壊死している部分は切断するしかありません」

「うむ、左膝からか」

「安全のためには、膝の上になるでしょう」

「アンはどう思う?」

「私としては、治癒魔法を試みたいところです。絶対に治せるとは言い切れませんが」

 すると衛生兵は、

「私もそれが一番だと思います」

と言うので、ヴェローニカが決断した。

「ではアン、やってくれ」

 アンとしては一応聞いておく。

「秘密保持はどうしましょうか」

「ああ、ヨハンくんと言ったかな、彼には目を瞑っていてもらおう。いや、目隠しするか。見た目的に怖い治療をすると言ってな」

「そうですね、わかりました」


 三人でヨハンの部屋にもどり、アンが代表して説明することにした。

「ヨハン、これからこちらの衛生兵があなたの治療をするのだけれど、ちょっと見た目が怖い道具を使うのよ。だから下手に動くと危ないの。だから目隠しをさせてね」

「アンは怖くないのか?」

「うん、わたしは騎士団で見たことあるから大丈夫」

「痛くないのか?」

「ほとんど痛みは感じないと思う。だから安心して横になっていて」

「わかった」


 衛生兵は手早くヨハンに目隠しをし、ヨハンの足の近くにおかれた椅子に座った。いかにも治療をする位置である。アンはその横にひざまづいた。ヨハンの足に触れられれば問題ない。

 念の為、患部をポーションで洗う。しかしアンには分かっていた。これは細菌による感染症でなく、ヨハンの話の通り、スライムからもらってしまった『穢れ』だ。


 アンはヨハンの黒い足に右手を触れ、左手で祈る。『穢れよ出ていけ』と。繰り返し祈り、『穢れ』が全く感じられなくなると、つづけて元気な足を想像した。アンはつい理系の頭で考えてしまう。『左足の鏡面対象になるように』と。集中を切らしているわけではないが、鏡面対象などという用語を言えば友人たちはアンらしいと笑うだろうと考え、心があたたかくなる。しかしアンが笑って欲しい人は今、ここにはいない。

 いつもであればここで修二の顔が思い出されるのであるが、今日はちがった。

 今日思い出されるのは、聖女の就任式で王の隣にいた少年、ステファン王子である。

 そしていつも通り金色の光が室内を満たし、アンは治療を終えた。


 衛生兵が一応患部を包帯で巻き、その間他の者は無駄に椅子を動かしたりして音を出す。実は治療にはほとんど道具らしい道具は使っていないのだが、それを隠すためだ。しばらくガタガタとしてから、衛生兵は目隠しをとった。そしてヨハンに伝えた。

「今日はこのまま、包帯を巻いたままにしておいてください。明日また来ます」

 アンやヴェローニカも「お大事に」と言って、部屋を出た。


 アンはおそらく今日の治療はうまくいったと思う。うまくいったのなら、わかることが一つある。それはこの世界での修二の存在だ。聖女の就任式の際、自分の出した銀色の光がステファン第二王子に吸い込まれた。今日の治療では、いつも思い浮かべる修二ではなく、意図せずステファン第二王子の顔を思い出した。アンとステファン第二王子に接点は一切ない。しかし、自分から出た光がステファン第二王子に届き、ステファン第二王子を思い浮かべると修二を思い浮かべた時と同じ効果が出る。そうであればもう、ステファン第二王子は修二であるとしか考えられない。

 自身の中では確信しているが、それをいつ、どのように仲間たちに伝えればよいか、それはわからなかった。

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