かつての理系女は見つけ出す
儀式を終え、アンを先頭に聖堂から退出する。入ってきたときと異なり、今度は祭壇の近くにある扉に向かう。厳粛な雰囲気に包まれる聖堂に、アンと護衛の騎士たちの足音だけが響く。少し進むと、左後ろの方からグーという音がする。もう少し進むと右後ろから同様の音がする。昼近いことを思い出すと自分も同じ音を出しそうで、おもわず笑ってしまう。
聖堂から出て聖女室のある建物に向かう途中、ちょっと後ろを振り返るとフローラが真っ赤な顔をしている。ヘレンとネリスは不自然に平然としているから、さっきのお腹の音はこの二人で、それを聞いたフローラが恥ずかしくなったとわかる。
聖女室にもどったとき、フローラがヴェローニカに問いかけた。
「ヴェローニカ様、この二人は懲罰をうけるのでしょうか?」
「うーむ、生理現象だからな」
「残念です」
本当に残念そうにフローラが言うので、アンは笑ってしまい、ヴェローニカは大笑いしてアンに言った。
「いずれにせよ、食事を運ばせます。着替えておくとよろしいかと」
「ありがとうございます」
なぜかこの返事はネリスだった。
聖女室に帰り着替える。着替えると行ってもアンに用意されていたのは、聖女の略装であった。礼装とほぼ同じデザインだが、装飾が外され質素で着心地もよい。いつもジャンヌが来ているのと同じデザインである。
「よくお似合いですわ」
ジャンヌやマリアンヌが口々に褒めてくれるが、いつもこの服を着るわけにはいかない。私が聖女だと世の中に宣言しているようなものだからだ。困ったなと思いつつ、応接室に戻ると今度はフローラたちが女騎士の略装になっていた。
「ヴェローニカ様」
「何でしょうか、聖女様」
ヴェローニカは昨日アンから話し方について頼んでいたのにかかわらず、アンに対して敬語になってしまっている。
「昨日お話したように、身内しかいない状況では、私を目下として扱っていただけないでしょうか」
「ご命令とあれば」
ヴェローニカの顔つきから、なんとなくヴェローニカが遊んでいるのがわかった。
「お願いします」
「はい」
アンが本当にヴェローニカに言いたいことが言えないうちに食事が来てしまった。
応接室に並べられた昼食にアンもお腹がなりそうな思いである。先程ヘレンといっしょにお腹を鳴らしていたネリスは今にも食いつきそうな勢いだ。ジャンヌがアンに祈りを捧げるよう促す。
祈りが終わり食事のフタを開けると、ネリスは露骨にがっかりした顔をした。フローラが注意する。
「露骨に少ないな、って顔しない」
つづいてヘレンも、
「これ、おいしいよ。私レシピ後で聞きに行きたい」
と言うのでアンも乗っておいた。
「よく噛んで食べなさい」
「はい、聖女様」
消え入りそうな返事にネリス以外の笑い声が室内を満たす。ヴェローニカは笑いながらも、
「ネリス、安心しろ。明日から第三騎士団に来てもらうから、昼食は騎士団だ」
と言うので、
「はい、よかったです!」
とネリスは喜んだ。
アンとしては一応聞いてしまう。
「明日から第三騎士団とは、どういうことですか」
「はい、アン様、この三人は……」
「口調を、お願いします」
「はい、すみませ、すまない。この3人は必要上騎士に任命されていま、任命されているが、実際問題として護衛としての能力はまだ不足している。だから夏の間にこの3人はみっちり騎士団できたえる予定だ」
するとフローラが、え、と言う顔をしている。
「ま、交代で短く里帰りはしてもらう予定だ」
フローラを含め、皆ホッとした顔をしている。普通夏休みに里帰りしたいのは当然だ。
食中の話題は先程の就任式のことになった。フローラがアンに聞いてきた。ヘレンとネリスは夢中でたべていた。
「聖女様、さっき式の出席者に話したあと、お祈りしたでしょ」
「うん、したね」
「何をお祈りしたの?」
「いや、普通に全力で仕事をする、だけど力の足りないところは、みんなの力を貸して欲しい、その場の人全員の顔を思い浮かべながらね」
「ふーん、だからか、なんか体の奥が熱くなって、思わず目を開けたらアン、あんた金色に光ってたよ」
そこでジャンヌが割り込んできた。
「あれが本当の聖女様の祝福です」
ヴェローニカも発言する。
「あんなの見せられたら、いくら命令でも聖女様に気安く話せなくなるぞ」
さっき口調が丁寧に戻ってしまったことを言っているらしい。
ヘレンも口を出す。
「だけどさ、祈ったのってそれだけ」
「なんで?」
「なんかさ、光の色が途中で変わったんだよ。銀色に」
「ああ、私、仕事全部したらおばあちゃんになっているなって思ったんだよね。だからじゃない、銀色」
「本当にそれだけ?」
言えない。修二のことを考えて、もとの世界にもどることを考えていたからだ。
「うん、まあ」
「まあいいや」
アンは気になっていたことがあったので聞いた。
「ヴェローニカ様、王様の隣にいらした若い男性は、どなたですか?」
「アン、知らなかったのか?」
「はい、初めておめにかかりました」
「知らずにやったと」
「え、何を?」
「ヘレンの言っていた銀色の光、そのステファン殿下に吸い込まれたんだぞ」
「ステファン殿下って、第二王子の?」
「そうだ、多分今頃、王室は騒ぎになっているぞ」
「なぜですか?」
「そりゃそうだろ、新聖女が出した銀色の光が第二王子のステファン殿下に吸い込まれたんだぞ、次期国王はステファン殿下だと聖女が認めたようなもんじゃないか」
「あの、私、全くそのようなことを意識してなかったんですが」
「なおさらたちが悪い。それは神のご意思とみなされるぞ。とにかく聖女としては、知らぬ存ぜぬをきめこむんだな。余計な政争に巻き込まれるぞ。いいですよね、ジャンヌ様」
「私もそれが良いと思います」
その日は細々とした打ち合わせを日が暮れるまで行った。北国の王都の夏に日没まで打ち合わせをしたのだから、普通の勤め人なら大残業だ。そのせいで、今日お別れを言うはずだったクラスメートたちにお別れが言えなかった。
王立女学校へ帰るとき、アンはフローラたちと同じ騎士の略装を借りた。身分を隠すためである。そして帰りの馬車で他の三人が居眠りをしている中、アンはひとり、ステファン第二王子について考えていた。




