かつての理系女は誓いをたてる
この国の政治は、宗教と深く結びついている。王は神から任命されるのであり、王室と教会の距離は近い。近いどころか宮廷の事務を行うのは神官の仕事である。したがって宮廷に隣接する教会は宮廷教会と呼ばれ、この国の神事とともに武官以外の人事をもにぎっている。今、アンが向かっているのは、この宮廷教会である。
宮廷教会に到着してみると、そこには数名の出迎えが出ていた。
馬車の扉が開くとまずヴェローニカが降りた。そして「アン様」と呼びかけた。アンは馬車から降り、先程ヴェローニカに教わった通り出迎えの人々に、
「出迎え、ご苦労さまです」
と声を掛ける。皆深々と頭を下げる。先頭にいた女性が、
「聖女室筆頭のマリアンヌと申します」
「アンです。よろしくお願いいたします」
「まず、聖女室へご案内いたします」
「はい」
廊下を進みながらのマリアンヌの説明によれば、聖女室とは聖女の活動を事務的に支える部署であるという。ということは聖女室は秘書室みたいなものであり、筆頭であるマリアンヌは第一秘書と考えればいいだろうとアンは考えた。
一応、聖女は王室からも教会からも独立した存在である。王と同じく神から選ばれた存在であるから、王に隷属することはない。教会の指揮下にも入らない。王の政治に助言や支援をあたえ、場合によっては反対の立場に立って行政の暴走を止める役割もある。だから聖女室も組織としては形式上王室からも宮廷からも独立しているのだが、それだけで一つの建物を立てるほどの規模はないので宮廷教会に間借りしている。聖女室には聖女の居室と事務室、そして応接室などがある。到着してみると、説明通りこじんまりとしている。応接室に通されるとジャンヌが待っていた。アン達四人にヴェローニカ、マリアンヌが入ると応接室は一杯になった。
簡単な挨拶をして、ジャンヌが説明を始めた。
「今日のスケジュールですが、これからこちらで聖女の仕事、予算、人事などをご説明いたします。それから宮廷教会礼拝堂へ移り、そちらで正式な聖女への就任式となります。そのあと、関係各所との打ち合わせになります」
今日はなかなか大変な一日になりそうである。
聖女の仕事は、基本は祈りである。国のため、民のため祈る。その祈りには行動が伴う。神に直接祈りを捧げるのはもちろん、官や民に祝福を与える。災害などがあれば神の怒りを抑えるために祈り、被災者の救助や治療を支援し、犠牲者のためにも祈る。
出張も多い。国中をまんべんなく周り、民の活動を支援するとともに不平不満を拾うのも重要な仕事である。一年の半分は地方に出ているそうで、ジャンヌによれば、アンにもある程度同行してほしいそうだ。
事務的な説明を受けたので、いよいよ正式な聖女就任に向けて礼拝堂に行こうと思ったら止められた。
「アン様、お着替えを」
それはそうだった。王立女学校の制服のまま儀式に望めるわけがない。マリアンヌに導かれ、聖女の居室に入る。大きな机がどっしりと構えている横に小さな机がある。アンは何も考えず小さな机の方に行こうとすると、ジャンヌが笑いながら言った。
「そちらは私の机です。アン様はこちらです」
違和感だらけのまま大きな机のところに行くと、マリアンヌが衣服を持ってきた。明らかに聖女の礼装である。
聖女の礼装は白をベースに青い部分もあり、簡素ではあるが要所要所が金で装飾されている。持ち上げるとかなり重い。それだけで身が引き締まる思いだ。着替えをマリアンヌが手伝ってくれた。軽く汗をかきながら着替え終えて応接室に戻ると驚いた。フローラ達3人が騎士の礼装になっていたからだ。美しく凛々しい3人の姿に羨ましくなってしまう。
「ではアン様、参りましょう。ヴェローニカ様、お願いします」
廊下に出て、ヴェローニカがアンを先導する。ヴェローニカの後ろに左右に分かれてレギーナ、ラファエレラの両騎士、そしてアン、その後ろにジャンヌとマリアンヌ、そしてフローラたちを含む女性騎士たちが続く。
廊下を進むうち、アンはだんだん緊張してきた。
聖女室のある建物から、一旦外に出る。
宮廷教会の大聖堂はそれだけで一つの建物になっており、西側を正面としている。正面の前は広場になっており、新年や王室の婚姻など国民の参加が許される行事では民衆でいっぱいになる。平常時は観光客がパラパラといるのであるが、今日はそれらしき人影は見えない。聖堂の周りを男性騎士たちが多く動員され、警備についている。つまりアンの聖女就任式のため、立入禁止になっているのだろう。アンたちが正面に着くと大きな扉が開けられ、内部に踏み入れると少し暗い内部の空間が広がった。
少し暗い聖堂中央の通路をゆっくりと進む。聖堂の最奥部が明るくなっており、そこが特別に聖別された空間であることを演出している。ズラッと並ぶ席には奥の方にしか人がいないことから、この儀式が秘密に行われていることがわかり、アンは急に動悸が激しくなってきた。
自分の動悸が頭に響くのだが、田舎者でもあるアンは聖堂内部の様子が気になる。先ほど打ち合わせの時、ヴェローニカはキョロキョロせず視線を下げて歩けと指示していたのをかろうじて思い出す。先導するヴェローニカの歩調は遅く、目測で最奥の祭壇まで目測で距離を測り、到達するのに3分近くかかるのではないかと計算したら、動悸が落ち着いてきた。
長い距離を歩いて、祭壇にやっと辿り着く。そこには顔見知りになってしまったルドルフ神官長、マティアス武官長、ミハエル医官長、ダミアン第一騎士団長、ジークフリート第二騎士団長、第ヴェローニカ三騎士団長がいる。そして王が来ている。つまりこの国の行政のトップが集まっている。今この場に爆弾でも落とされれば、この国は終わるとアンはつい考えてしまった。
ルドルフが祭壇を背に立つ。ついドラゴンの子を思い出す。
「お集まりいただいた皆さん、先代の聖女様により新聖女に指名されたベルムバッハのアンがここに来ております。ベルムバッハのアンが聖女に就任することに異議があるかたはいらっしゃいますか?」
沈黙が続く。
「ではベルムバッハのアン、あなたは聖女として神の御心にしたがい、国のため、民のために尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「ではここに、ベルムバッハのアンが新聖女となったことを宣言いたします。聖女様こちらへ」
アンが祭壇に立つと、ルドルフが言った。
「聖女様、お言葉を」
何も考えていなかったアンだが、とにかく何か話すことにした。
「皆様、今私は神のもとに聖女たる誓いを立てました。ですが今一度、皆様に誓います。国のため、民のため、とりわけ困っている民のため、微力ながら力を尽くすと誓います。ただ私はあまりにも未熟です。皆様のお力をおかしください」
自然とアンは目を閉じ、両手を胸の前に組んだ。
私は元の世界に修二くんともどる。必ず戻る。仲間たちみんなと戻る。でもその前にこの世界で与えられた仕事を全力でする。ただ、どう考えても私の力は足りない。だから私の間違いは教え、力不足の部分は力を貸して欲しい。
それをフローラ、ヘレン、ネリス、そして王をはじめとしたこの場にいる人々の顔を思い浮かべながら繰り返し心に誓った。
そして思った。この誓いを実行して元の世界にもどるとき、きっと私はおばあちゃんになっているな。修二くんもおじいちゃんだな、と。
目をあけると出席者全員が自分を見つめていた。多くの目は目をまん丸にしている。その中でただ一人、王の隣に立つ少年だけが優しい目をしていたことにアンは気付いた。




