かつての理系女は指名される
大講堂での卒業式のあとは、大食堂で卒業パーティーである。食堂へ向かう廊下で、アンは少し落ち込んでいた。その原因は聖女代理のジャンヌのスピーチにあった。
ジャンヌによれば、女性が自身の力を用いて他人のために尽くせば、その人は立派な聖女であるという。
これほどまでに女性の仕事を尊く表現した言葉を、アンは知らなかった。同時に自分が今までやってきたことを反省した。
アンは小さな頃のあこがれから、聖女になりたいと思ってきた。なぜかしら不思議な力も与えられ、学校からも特別待遇を受けてきた。思うがままに勉強し、研究し、与えられた仕事もしてきた。
手抜きをしたことなど無い。
だが、積極的に「人のために」尽くしてきただろうか。
ジャンヌの話でわかることは、聖女としての能力により聖女になるのではなく、聖女としての心がけが大事だということだ。
もしかしたら、もしかしたらだが、ジャンヌはアンの行動から心根まで見透かし、その上での先程のスピーチになったかと思うと、背筋に寒気を覚えた。
食堂へ向かうといつの間にか椅子がすべて片付けられ、テーブルには飲み物や食べ物が並んでいる。つまり立食式のパーティーだった。
在校生たちはすでに入室しており、やはり拍手で迎えてくれた。アンはつくり笑顔でその拍手に答えた。
卒業生が皆入室すると、すぐにパーティーが始められた。ヘレンやネリスは食べ物に飛びつき、フローラに笑われた。アンのもとにはクラスメートたちが寄ってきて、いろいろと話しかけてきてくれる。あたりさわりなく答えていたが、気がついたらフローラ、ヘレン、ネリスがアンのまわりを固めてくれていた。ニコニコとした笑顔で、訪れる人々をさばいている。アンは笑顔で相手に目を合わし、うなずいていればそれですんだ。
「お楽しみのところ申し訳ないけれど、ちょっといいかしら」
声をかけてきたのは副担任のローザだった。
「アン、ちょとこちらへ来ていただけるかしら」
ローザはアンを連れて食堂を出て、生徒や保護者と面談するための部屋にアンを導いた。ドアの前でローザがうなずくので、アンはノックした。
「どうぞ」
落ち着いた声がしたので、ドアを開けるとそこには聖女代理のジャンヌが座って待っていた。
ジャンヌは一旦立ち上がってアンを迎え、向かい側の椅子に座るようアンに指示すると、話し始めた。
「アン、あなたの今の本当の気持ちを、聞かせていただけるかしら」
本当の気持ち、その言葉の意味を少し考えた。ジャンヌが何を聞きたいのかはわからない。しかし、自分の素直な今の気持ちを聞かれていると考え、小細工せず、今考えていることをそのまま述べることにした。
「ジャンヌ様、私は今、この6年間、大事なことを学ばぬまま過ごしてしまったことに気づきました。私は幼い頃、先代の聖女様にお会いし、私も聖女様のような仕事をしたいと思いました。聖女様のお誘いで、王立女学校へ入学し、特別な体制もとっていただき、勉強したいこと、研究したいことを自由にやらせていただき、やりたいと思うことはほぼなんでもやらせていただきました。わがままであったとは思いますが、良いことを手を抜かずやってきたと思います」
ここまでは一気に話した。
「ですが私は、2つの点で至らぬ点があったと思います。第一に、私は積極的に人のために尽くしたわけではなく、良いと思うからやっただけ、突き詰めれば自分のためにやってきただけです。もう一つ至らぬのは、自らを省みる姿勢がありませんでした。幸い、教員としての立場ですが、この王立女学校へ私はまだおいていただけることになりました。きっと学校の皆さまが私の至らぬ点に気づかれ、もう一度チャンスを頂けたのだと、今やっとわかったところです」
話し終えてもしばらくは、ジャンヌは返事をしなかった。優しい目でアンを見つめるばかりであった。アンは、まだジャンヌに言わなければならないことがあるか考え続けていたが、さすがに前の世界のことは口に出せず、沈黙を貫くしかなかった。
「アン、あなたは素晴らしい方ね」
ジャンヌが口を開いた。
「人間ですから、至らぬ点はかならずあります。多くの人はそれに気付けないか、気づいても自分自身に言い訳します。でもあなたは今、そうしなかった。ですからこれからあなたに、聖女様から託されたお話をいたします」
「はい」
「アン、あなたは私が聖女代理なのをご存知ですね」
「はい」
「聖女は、先代から次代へ直接指名されるものです。みまかられる前、聖女様は私に聖女代理をするよう命じられました。私としては聖女に足る力が無いのはわかっていましたから、ただただ恐れ多いばかりでした。そして聖女様は、遺書をお残しになりました。それがこれです」
広く知られていることであるが、聖女は就任するとすぐ、遺書を書く。内容は次代の聖女の候補者である。候補者は複数で、順位もつけられる。
「アン、聖女様のご遺言をお読みなさい」
「はい」
返事はしたものの、なかなか手が伸ばせなかった。これまでの話で、読まずとも内容はわかる。そして読んでしまえば、その内容を受諾するか否か、即決断を求められる。
今日は王立女学校の卒業式である。考えてみれば、先代聖女の遺志を次代に伝えるのはこの日しか無い。
アンは震える手で遺書を手に取り、すでに開封されている封筒から遺書を取り出した。
そこには次代聖女候補の筆頭として、アンの名があった。




