かつての理系女は卒業する
やがて卒業式の日の朝が来た。目を開くと目の前には寝息を立てるフローラがいた。王立女学校に入学以来、かなりの頻度で一つのベッドに二人で寝ていた。誰と寝るかはその時時で、積極的に寝ようと誘うときもあれば、なんとなくその夜最後に喋っていた相手とというときも多かった。
アンはこの6年間の事を思い出す。充実した6年間だったが、特に最初の半年が大変だった。四人で騎士団やら中央病院に出入りし、その後の学校生活の基盤を探る日々だった。裏返して言えば、最初の半年で魔法や衛生などの研究課題をみつけ、さらに算術の指導などのルーティンワークが確立してしまえば、その後はそれらに忙殺される日々であったと言ってもいい。
最初の冬に出会ったドラゴンの子ルドルフには二度と会えていない。きっと今頃は大きくなって大空を駆け巡っているだろう。
いつもと同じように身支度し、朝食へ向かう。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
いつもと同じ朝の挨拶が行き交うが、実はこれが最後だ。午後の卒業パーティーに出席してすぐ、女学校から出ていくものもいる。その夜を寮で過ごしても、次の日の中に全員が寮から出る。行き先にも寄るが、明日朝食前に出発しなければいけない者もいるのだ。
ただ、それを口にするものは一人もいない。
朝食のお祈りもいつも通りだ。いつもの充実したメニューを目にして、質素な実家の朝食と比べ感動したことを思い出す。ヘレンも同じ思いだったようで、視線を上げると目があった。アンたちはこれから学校での勤務なのでこれからもこの朝食だが、卒業して地方にもどる生徒は、もう二度とこのようなしっかりした朝食を食べることはできないのかもしれない。
卒業生たちの朝食は静かなものだった。
朝食が済むと一旦教室に移動し、事務的な連絡が淡々と担任のローザから受ける。事務連絡であるからすぐにすみ、大講堂へ行くまで少し教室で待つ。雑談をしていると、やがて副担任のドーラが呼びに来た。
「みなさん、準備ができたそうです。参りましょう」
大講堂の入口で、生徒会役員たちが卒業生の胸に花飾りをつけてくれる。
「おめでとうございます」
あまり接点は多くなかった後輩でも、にっこりと笑ってそう言ってくれるとやはりうれしい。
大講堂では在校生たちが起立しており、拍手で迎えてくれた。
卒業生の最後の一人が着席すると、しぜんと拍手はとまった。校長が演壇に立つ。
「みなさん、本日はご卒業おめでとうございます。本日私が最も嬉しく思うのは、六年前に入学したみなさんが誰ひとり欠けること無く卒業していくことです。これは大変に難しいことなのです。学業の不振だけでなく、健康上やご家庭のご都合による退学も、例年必ずあります。ですがあなたたちはこうして揃って卒業するということは、個々人の努力のみならず、仲間としてお互いに助け合ってきたからこそ、こうして全員で卒業できるのだと思います」
アレクサンドラ校長は、最初に卒業生たちが力をあわせて卒業したことを最初に評価した。
「こうして力を合わせた仲間は、これから死ぬまで仲間です。これから先の人生で、うまくいかないこと、こまることは必ず起きます。自分の力で解決できないときは、必ず同期の仲間達の力に頼ってください。私達教員も助力したいとは考えていますが、皆さんの持つ一番大きな力は仲間の力です。女学校で学んだことの多くは忘れてしまうこともあるでしょうが、このことだけは覚えておいてください」
それからは数人、来賓からの挨拶があった。王室からも王女が王の名代として来ていた。
最後に、聖女代理のジャンヌが演壇に立った。
「みなさん、ご卒業おめでとうございます。入学以来6年間、よく努力されました。その努力によって身につけた力が今後の我が国の発展にかならず役に立つと確信しております」
ジャンヌは一呼吸おいて話を続けた。
「皆さんご存知のように、私は聖女でなく聖女代理です。こんな私がこのような場で祝辞を述べるなど大変申し訳なく思います。しかし、そんな私に先代の聖女様はお別れになる前、私にこうおっしゃいました。『私はたまたま運命で聖女をやっているけれど、本当は女性はみな聖女なのよ。自身の力を人のために使う女性はみな、聖女なのです。ですからあなたはあなたの力で仕事をすれば、立派な聖女です』 私の申し上げたいのは、皆さんが人のために力を尽くすのであれば、それはみなさんお一人お一人が立派な聖女だということです。聖女は肩書ではありません。行動なのです。みなさんが明日からのそれぞれの立場で、聖女としてお働きになることを確信しております」
そして今一度呼吸を整え、にっこり笑った。
「まあ私は、たまたま聖女代理という仕事をしていますので、祝福を与えることができます。今から皆さんに祝福を与えますが、みなさんが人のために力を尽くせば、それは皆さんの与える祝福であり、私の祝福となんら価値に違いはないのです。神様、どうかこの子達に祝福を」
アンは感動した。感動したついでに、ここ何年か封印していた自分から、この場で卒業生に、在校生に、教員、来賓など、この場にいるすべての人に感謝と幸福を願った。
大講堂は全員が瞑目していたから気づかなかったものの、金色の光にみちみちていた。




