かつての理系女は進路に悩む
王都に六度目の春が来た。アン達四人は、この5年間でそれぞれの目標に向かって努力してきた。
フローラは授業で教わる魔法理論をしっかり実践し、魔法では学年トップに立っていた。
ヘレンは美味しいものをつくるのでクラスメートたちから人気で、貴族のお嬢様たちのお茶会にお菓子を提供し、見返りにテーブルマナーや話題について教わっていた。すでに築いた人脈はたいしたものだ。勉強もしっかりしている。
ネリスは寒天培地を用いた研究をすすめ、予定通り成果をあげて中央病院に報告していた。もちろん騎士になるための鍛錬は欠かさない。ただ、ときどきパワーを持て余すのか、冬場にヘレンを誘って中庭の雪山に登り、叱られた。
アンは元の世界への期間の可能性を探るべく、相対論、量子論の再構築に努めていた。この世界で生きるために魔法の習得もフローラほどではないが力を入れていた。特に魔法陣を幾何学的に理解し、かつての知識を使って発展させることができないか探っていた。
さらに四人には騎士団に算術を教える仕事も依頼されていた。主に授業を進めるのはアン、他の三人は騎士たちのサポートに回る。そんなわけだから四人の日々は忙しかった。
この時期、クラスの話題は卒業後のことだった。女学校は六年制であり初夏には卒業である。クラスメートたちは皆進路は決まっていて、成績優秀なものは王宮、中央病院、または騎士団にすすみ、そこで実地で仕事をしながら新たな資格を目指すことになる。王宮では女官や神官、中央病院では医官や看護員、もちろん騎士団では騎士を目指す。
実家に帰って花嫁修業をするもの、民間で働くものもいる。みんな、
「すてきー」
とか、
「たいへんそー」
とか、にぎやかである。
「私達、どうしようかねぇ」
ヘレンが呑気に言う。女官志望のヘレンは、卒業したところで年齢的に無理なのだ。王宮は大丈夫だと言ってくれているが、王宮の最年少記録を4年も塗り替えることになる。ひとりだけ4歳も年下でやっていける自信がない。
フローラは、
「いざとなったら、私は冒険者になる。みんないっしょに来てよ」
などと言っている。
「騎士団に入るまでは、それでもいいかな」
ネリスはパワーをぶつけられればなんでもいいみたいだ。
「アンもヘレンも、一緒にやろうよ」
と誘ってくれるが、アンとしては渋い顔にしかならない。
「あのさ、私、勉強したいんだけど」
もうこの問答を何回繰り返したかわからない。実のところ、アンは王宮からも中央病院からも騎士団からも誘われていた。他の3人も同様の勧誘を受けているが、すべてなかなかの好条件である。ただ、アンはひっかかる点があった。
最大の問題は、どの道に進もうと、今ほど数学・物理にかける研究時間がとれなくなることである。王宮へ行けば政治と宗教とが合致しているこの国だ。事務にしろ神事にしろ身につけるべきことは膨大だ。病院へ行けば、今までのアンの示した能力からして治療系の魔法の習得に専念せざるを得ない。騎士団ならば勉強はできるだろうが、その内容は軍事に直接役に立つ、例えば幾何学を応用した弾道学などに偏ってしまうのは目に見えている。
フローラのように外の世界に出るのは、悪くない選択だ。何と言っても男子4人の発見の可能性が大きく増加する。今までの待ちの姿勢から攻めの姿勢に変えられるのは大きい。もちろん迷子探しのようにすれ違ってしまう可能性はある。しかし、あの四人、そしてこの四人、どうしても通過した場所に強い印象を残すだろう。情報をたどっていけば見つけられる可能性は高い。フローラはこれを強調していた。
それはわかるが、アンには体力がない。勉強する時間もなくなる。3人で行けばと言ったら、猛烈に怒られた。
そう、みんな離れたくないのだ。普通の十四才なら、もう大人の気でいたろう。しかしこの四人は一度大人になった経験がある。それもかなり偏った経験であることも自覚している。だから今の自分達の無力さがわかる。それを知るフローラも、四人力をあわせて行きたいのだ。
今日も結論が出ず、アンは気分をかえようと教室の窓を開け、早春の風を入れた。まだ風は冷たい。風を感じていたら背後に担任のローザが来ていた。
「アン」
「あ、すみません、すぐ閉めます」
「そうですね。みなさん、今時間は大丈夫ですか」
「はい」
「では四人揃って校長室へ来ていただけますか」
「は、はい」
今までの経験で、このようなバカ丁寧な指示は間違いなくとんでもなく重要な話であることがわかる。私語すらせず、ローザの後について廊下へでた。
 




