かつての理系女はドラゴンを見送る
「皆様、第三騎士団の上空にドラゴンが飛んでいるそうです」
ヴェローニカの声に、各騎士団長が反応した。
「見張り台に行くぞ」
「うむ」
「急げ」
などと言いながら剣を手に取り兜を被る。ヴェローニカは、
「皆様は作戦室にどうぞ。あそこなら安全です」
確かに作戦室は頑丈な壁に囲われている。しかしマティアスは、
「そんなこと言っていられるか、この緊急時に悠長に作戦室にこもってなどいられるか」
と大声で言う。
アンは急いで大声で言った。
「皆様お待ち下さい。ドラゴンはルドルフを探しているのではないでしょうか。ヴェローニカ様、ドラゴンは砦の上空を旋回しているのではないですか?」
ヴェーローニカは伝令に確認する。
「うむ、上空をぐるぐる旋回しているとのことだ」
「そうであればルドルフはすでに発見されています。私もドラゴンの魔力を感じます。ルドルフが目当てであれば、うかつに武装したものが姿を見せれば攻撃的になる可能性が高いと思います」
「ではどうすれば」
「私が参ります。ドラゴンにあって、直接話しをします」
「話すって、そんなこと可能なのか」
「わかりません」
「危険だぞ」
「ルドルフをすでに発見していれば、ルドルフと同じ場所にいる限り危険であることは同じです」
フローラが会話に割り込んできた。
「アン、ルドルフの気持ちはどうなのかな」
「どうって?」
「ルドルフはドラゴンのところに帰りたいのか、それとも私達のところにいたいのかってことよ」
「そうね、ルドルフのところに行ってみよう。ヴェローニカ様、いいですか?」
「うむ、私はいいと思うが、マティアス様、いいでしょうか?」
「ああ、いいだろう、君たち、行き給え。私も行く」
「ありがとうございます」
アンたち4人とマティアス、そしてマティアス護衛の騎士数名で廊下を急ぐ。アンでも魔物の気配を感じているのだから、ルドルフも感じているに違いない。
はたしてルドルフは、倉庫の中で落ち着きなくウロウロしていた。見張りの女騎士が二人、ルドルフを落ち着かせようと首のあたりをたたいている。ルドルフはアンの顔を見ると、
「ギャー」
と鳴いた。
「ルドルフ、感じるのね。不安なの?」
と聞くと、首を横にふる。
「ルドルフ、会いたいの?」
と聞くと、今度は縦に首をふる。
「わかった」
アンは今度はマティアスの方へ向く。
「マティアス様、ルドルフはドラゴンに会いたいそうです」
「それでは、ルドルフをドラゴンへ返すということか?」
「ルドルフがそれを望めばそうなります」
「ルドルフは貴重なドラゴンだぞ」
「しかし、迎えに来ているドラゴンがどうしても連れ帰ろうとしたら、私達は……」
「そうだな、わかった、連れて行こう」
ルドルフの部屋としていた倉庫からルドルフを外へと導く。外はまだ吹雪であるのに、見上げると黒い影が空をぐるぐる回るのが見える。横を見るとルドルフも見上げている。
「ギャー!」
ルドルフが大きく鳴いた。
上空のドラゴンはまだぐるぐると回っている。
「ギャー! ギャー!」
ルドルフがさらに大きく鳴いた。
アンは振り返り言った。
「騎士の皆さんは建物の中へ!」
マティアスたちは慌てて倉庫へ引き返した。
するとそれを見たのか、上空のドラゴンはゆっくりと降りてきた。
吹雪とドラゴンの翼の作る風でもみくちゃにされ、アン達はルドルフの首筋にすがりついた。
風が弱くなったと思ったら、眼の前に大きな黒いドラゴンがいた。ルドルフの数倍の大きさである。ドラゴンの眼は、ルドルフにしっかりと据えられている。
ドラゴンは始め、ルドルフの顔に自分の顔を近づけた。しっかり見ているのか匂いを嗅いでいるのか、かなり長いこと顔どうしが触れ合わんばかりの距離にしていた。つぎにアン、フローラ、ヘレン、ネリスの顔にも自分の顔を近づけた。
やがて納得したのか、ドラゴンは「グウォー」と吠えた。ルドルフも「ギャー」と応じた。
ドラゴンは羽ばたきをして飛び上がり、砦の上を低空で回り始めた。回りながら目はしっかりとルドルフを見つめている。
5周ほどドラゴンが周回すると、ルドルフも羽ばたき始めた。アンたちはルドルフから手を離す。するとルドルフはふわりと浮き上がり、ドラゴンのあとを追いかけ始めた。
そしてドラゴンは高さを少しずつ高くし、やがて北西の方向へと進み始めた。ルドルフもその後を追う。
気がつけばルドルフは黒いドラゴンとともに去ってしまっていた。吹雪はやみ、急に空が明るくなってきた。晴れ間も見え始め、太陽も顔を出した。
「行っちゃったね」
アンがつぶやくと、隣りにいたフローラも
「行っちゃったね」
と言った。
倉庫からヴェローニカやマティアス、他の騎士たちも顔を出した。
呆然とするアン達のところにヴェローニカがやってきて、
「せっかくの晴天だ。女学校に帰る準備をしたらいい」
と言った。




