かつての理系女は立腹する
四人の騎士団長を前に、アンは算術というより三角比を使って目標までの距離を算出する方法を示した。アンだけでなく他の三人もその方法を理解していることも伝えた。
マティアス武官長は、恐ろしいことを言い出した。
「そうするとだな、君たち四人を一人ずつ各騎士団に派遣すればいいな。この冬の間にでも、基礎的な算術の理屈くらいは教えられるんじゃないか?」
アンとしては四人バラバラは嫌である。なんとかして四人一緒にいたい。だから無理やり四人一緒にいる理由を考えた。
「あの、私達、ルドルフの世話もあるので……」
「何、神官長の世話とな」
アンは返事をしようとしてフローラに袖を引っ張られ、止められた。そういえばドラゴンの子ルドルフの存在は秘密であった。また、神官長の名はルドルフである。ドラゴンの名前をつけるときはすっかり忘れていた。
マティアスが発言した。
「ああ皆は知らないな、これは極秘事項なのだが、第三騎士団ではドラゴンの子を育てているのだ。ルドルフというのは、そのドラゴンの名前だ」
「え」
「な、なんと」
「ヴェローニカ、説明してやってくれ」
「はい、三週間ほど前、付近の森で大きな音があったとの通報が近隣住民からありました。魔物である可能性を考え、魔物の気配を察知するのに長けているアンを伴い森を探索したところ、傷ついたドラゴンを発見しました。ドラゴンは卵を守っており、ドラゴンからアンに卵を託されました。卵を第三騎士団に持ち帰ったところ、十日前に孵化し、主にこの四人が世話をしています」
「他のものでも世話はできるのでは?」
「はい、しかしこの子達に大層懐いています。急にこの子達がいなくなったら、小さいとは言えドラゴン、暴れたらどうなるかわかりません」
話を聞いていると、ヴェローニカはアンたち四人を手放したくないらしい。
ヘレンも発言した。
「先程のお話では私達四人が別々に各騎士団に伺うということでしたが、それは効率が悪いと思います」
マティアスが聞いてくる。
「どういうことかね」
「私達は教えることに慣れていません」
「とてもそうは思えないけどね」
「いえ、たとえ慣れているとしても、一人で教えると、教わる方一人ひとりの理解度がわからず、必ず理解の足らない方が出てきます。ですからアン一人で教え、私達三人は教わる方々の間をまわって助言しながらの授業にすれば効率が上がると思います」
ヘレンはチームティーチングのことを言っているらしい。そう言えばのぞみは教職もがんばって取っていた。
「そうすれば、一部屋に四十人くらいまではいっぺんに教えられると思います」
フローラも発言した。
「その他、各騎士団別々にやっていると、授業の進み具合もかならず差が発生します。また、決まった教材もありませんので、教える人間によって内容も若干違う可能性もあります。ですが、教えるのをアン一人に限定すれば大丈夫です」
それからは、各騎士団長の間で授業の日時などの調整になった。授業場所は当面、第三騎士団となった。
ジークフリートが発言した。
「問題は人選ですな。単に頭がよいということだけでなく、算術に長けていなければなるまい」
ダミアンは、
「そうであれば、経理をやっているものにやらせればよかろう」
と言うが、ヴェローニカは、
「それでは経理担当者の負担が大きくないでしょうか」
と言う。
アンは思ったことを口にすることにした。
「あの、志願制はどうでしょうか。やる気のある方のほうが、習得は早いと思いますが」
するとマティアスは笑いながら、
「授業場所が当面第三騎士団、その後は女学校であれば志願者には困らないだろうな」
と冗談を飛ばす。第三騎士団は女性騎士の集団であり、王立女学校ともども良家の娘たちがたくさん所属している。視線もなんとなくフローラに向いている気がする。するとヴェローニカは、
「それでは第三騎士団の団員にはにはメリットが無いではないですか」
とやはり冗談で応じるとネリスが発言した。
「あの、おやつにヘレンのお菓子を出せばいいのではないでしょうか?」
キョトンとする男性陣を前に、ヴェローニカが爆笑した。
「そこのヘレンはですね、お菓子作りや料理にとても長けているのです。あれを男性に食べさせたら求婚者が殺到するかもしれません」
ネリスがアンに顔を寄せて小声で言った。
「なんかずるいのう、フローラはかわいい、ヘレンは料理上手、我ら二人は男ウケが悪いのう」
「ほんと、ちょっと腹立つ」
「ま、わしは一人にもてればよいけどの」
「うん、私も」
会議室のドアが割と強めにノックされた。
ヴェローニカが不満をそのまま顔に出して言う。
「何事だ、極秘会議の最中だといっておいただろうに」
ドアを開け、その向こうの騎士の連絡を聞いたヴェローニカが大声を出した。
「皆様、第三騎士団の上空にドラゴンが飛んでいるそうです」




