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かつての理系女は騎士団長たちに説明する

 天候が回復した日が無いわけでもなかったが、アンたち四人は一月経ってもまだ女学校に帰っていなかった。ルドルフから離れがたかったからである。名目は一応、天候不良ということにしてはあった。

 

 ルドルフの世話もあるが、もちろん勉強することはいくらでもあった。

 もっとも充実していたのはネリスで、あこがれの女騎士たちから直接指導を受けることができ、毎日鍛錬を欠かさなかった。他の三人ももちろん日々ある程度の鍛錬はしていたが、ネリスは自主練習を積極的に行っていた。

 フローラも似たようなもので、魔法を使える騎士の指導を受けて使える魔法の数がどんどん増えた。

 ヘレンはなんとユリアとウィルマにくっついてまわり、メイドの仕事を覚えていた。本人の言によると「女官はメイドの上位互換」だから学べることはいくらでもあるのだそうだ。


 アンは相対論と量子論の再構築に没頭していた。時々は仲間三人の力を借りる。あたり前のことであるが進歩は遅く、頭を抱えながらなのでレギーナが心配した。

「私には全くわからないことをアンは勉強しているが、体を壊さないか?」

 ただの子供が、集中して計算し続けているのが信じられないらしい。あまりに心配なのか、頼んでもいないのに温かい飲み物やお菓子などを持ってきてくれるようになった。没頭しすぎて持ってきてくれたことに気づかないことも多々あるが、計算に行き詰まっているときにちょうどレギーナが来たときは、アンは休憩にレギーナを誘った。

「算術というものは、そんなに役に立つものなのか?」

と、レギーナは素朴な疑問を口にした。

 アンはちょっと考えたうえで、騎士団に合わせた例を出した。

「そうですね、たとえば敵の位置を正確に測定できます」

「ほう」

「たとえば砦の両端から敵の見える方向の角度を精密に測定します。この砦は城壁がすべて東西南北と平行になっていますね」

「うむ」

「簡単な例としては、敵が真南から来ているとして、砦の南西の端から見たら正確に敵が南東方向、砦の南東の端から正確に南西方向に見えたとします。その場合、敵の距離は砦の東西の長さの2分の1ということになります」

 アンは手近な紙に直角二等辺三角形を描きながら説明した。

「一般には、敵の方角を二箇所から正確に測定すれば、敵の位置、つまり方角と距離が正確にわかります」

「なるほど」

「砦が攻められた場合は地形がもともとこちらの頭に入っているから良いですが、未知の土地ではカンに頼ることなく敵の位置情報が得られます」

「それはそうだな」

「たとえば投石機を使う場合、敵から見えない位置に投石機を設置していても、角度と距離から敵を正確に攻撃できるようになります」

「アン、その話はなるべく近いうちにヴェローニカ様にしてくれ。私から言っておくから」

「わかりました」

 

 実は今の話は、近衛騎士団から借りた本には書いてある。しかしうまくそれを実戦に活かすことができず、現場では失われた技術になってしまっているようだ。その日の午後アンはヴェローニカに呼び出され、同じ話をさせられた。

「うむ、有益な技術になりそうだ。他の騎士団とも連絡をとりながらこれを完成させるべきだな」

 

 就寝時、この話をアンは仲間三人に話したら微妙な顔をされた。

 フローラのコメント。

「ま、いずれこうなると思ってた」

 ヘレンのコメント。

「騎士たちにも教えることになるんじゃない」

 ネリスのコメント。

「ワシらも手伝わされるのかの? ワシはルドルフと遊びたいのじゃが」


 翌日昼過ぎ、アンたち四人は会議室に呼び出された。会議室には近衛騎士団の団長を兼ねるマティアス武官長、ダミアン第一騎士団長、ジークフリート第二騎士団長が第三騎士団の会議室に集まっていた。もちろん第三騎士団長のヴェローニカもいる。まだ外は吹雪いているというのに、この国の国防のトップたちが集合している。

「アン、昨日の話を悪いがまたしてくれ」

 

 アンとしては同じ話をレギーナ、ヴェローニカに話してもう三回目で、ちょと飽きてきていた。そうは言っても吹雪をついてでも国防のトップたちが集められるほど重要な話のようだ。きちんと話すことにする。

「算術の応用についてお話します。ただ、今からのお話は基本的に近衛騎士団の蔵書からのものであることはあらかじめ申し上げます」

 アンはマティアス武官長の目を見ながら言った。

「簡単な例として、敵が真南第三騎士団が真南から責められているとします。砦の南西の端から見たら正確に敵が南東方向、砦の南東の端から正確に南西方向に見えたとします。その場合、敵の距離は砦の東西の長さの2分の1ということになります」

 会議室のボードに図を書きながら説明していく。

「一般的に、二箇所から敵の方角を観測すれば、縮小した図上に作図することでわかります。基本はこうなりますが、何かご質問は」

 第二騎士団長ジークフリートが挙手した。

「これは作図によらないとできませんか」

「できます。計算によって求めることは可能です。その原理は……」

 アンはボード上にグラフを書き、さらに観測角度からタンジェントを三角比の表から求め、観測による2本の直線の交点を求めることで求めた。

「さらにこの式をこのように公式化しておけば、表から値を代入することで計算を早く行うことが可能です」

 続いて第一騎士団のダミアンも質問した。

「距離がわかったとして、どのような利用が考えられるかね」

「はい、敵から見えない位置に投石機を配置して攻撃することが可能になります。なお、通信は手旗信号などで行えると思います」

 マティアス武官長は、

「この計算は君たち四人ともできるんだよね」

 と言った。高校1年から2年の知識であるし、まして四人とも理系なので楽勝である。

「できますが、王立中等学校では教えていないのですか」

 王立中等学校とは、簡単に言えば王立女学校の男子版である。

「ははは、教えてはいるんだけど、算術が得意なのはあまり騎士団には来なくてね」

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