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かつての理系女は卵を持ち帰る

 卵を砦に持ち帰る作業は大変だった。

 ドラゴンのいた場所から坂道を下らないと本隊に合流できないので、坂道を下さなければならない。しかしそりを普通に下せばとんでもないスピードが出そうでできず、橇にロープをくくりつけ、そのロープを上から支えることでゆっくりと下すことにした。

 本隊に合流する頃、すでに降雪が始まっていた。卵を載せるため一台の橇に搭載されていた装備を下ろしていたのだが、それをどうするか若干揉めた。装備をすてて素早く帰還するか、吹雪に備え無理してでも装備を持っていくかだ。結論としては装備は捨てないことになった。なんとか森の入口にもどったところでアン達の乗ってきた馬車に卵とアンたちが乗り込み、空になったそりに再び各種装備をのせ直す。

 馬車の中は前側の席が後ろ向き、後ろ側の席が前向きに向かい合って二人ずつすわる。真ん中に卵が置かれるので、アン達の膝先に卵がある。アンがかがんで卵をなでると、他の三人も手をのばした。

「なんかかわいいね」

 アンは思った通りのことを口にした。他の三人もほほえんでいる。

 

 このように荷物の乗せ直しにも時間がかかったので、帰路の途中吹雪になり、さらに砦近くではもう真っ暗になってしまった。あとから聞くところによると、帰りが遅く天候も悪化したので、砦から松明をつけた迎えが出たとのことだ。

 

 砦で馬車から降りると、ヴェローニカが四人に告げた。

「もうこの状態だから、今夜はここに泊まれ。着替え等はこちらで用意するから風呂に入って暖まれ」

 アンは卵が心配になった。

「卵はどうしますか?」

「うむ、保温のため乾燥室に運び込ませる。入浴後に見に行くと良い」

「はい、乾燥室とは衣服を乾燥させる部屋ですよね」

「もちろんそうだが」

「卵は乾燥しすぎると、死んでしまうかもしれません」

「わかった、完全に乾燥することのないようにしよう」

「ありがとうございます」


 第三騎士団の風呂はおおきなものとのことで、アン達は大人たちと一緒に入らせてもらうことになった。喜んだのはネリスである。

 脱衣所に行くと、ネリスはニヤニヤしながら方方を見ている。フローラが厳しい声で、

「ネリス、だめだからね」

と言うと、

「わかっておる、わかっておる」

と、何もわかっていない口調であった。

 湯船に浸かると今度は、

「絶景かな、絶景かな」

などと言っている。ヘレンは呆れ返り、

「ほんとやめてよね」

というのだが、

「うむうむ」

などと言うばかりである。挙句の果てにネリスは、

「我らも十年もすれば、ああなるのかのう」

などと言い出した。アンはそんなことに全く自信がもてず黙っていると、フローラがアンに聞いた。

「ねえ、ネリスって、前からあんなだったの?」

「いや、ここまでひどくない」

と答えると、

「なんでこんなんなっちゃったんだろうね?」

とさらに聞いてくる。そんなことわからないので、

「さぁ」

と返事すると、ヘレンが乗ってきた。

「私達のなかでさ、ネリスだけ女子校経験がないからじゃない?」

 アンは、

「かもね」

とだけ応じておいた。ヘレンの言うのはアン、フローラ、ネリスはそれぞれ杏、優花、のぞみとして中学から大学まで女子校育ちで女だらけの生活に慣れているが、ネリスは真美としてずっと共学育ちだ。8歳で女学校に入ってから急にそんな環境に放り込まれ、何か脳がバグっているにちがいないということだ。アンとしてはヘレンの言う通りならいいと思いつつも、ネリスがかつての記憶を持ちながらこちらでの生活のストレスに耐えるため、あえてふざけた態度を取り続けているとすると心配だとも考えられた。ただ、ネリスの心のうちに踏み込むわけにもいかない。当分はこのままいくしかないと、湯船に浸かりながらアンは考えていた。


「アン、危ないよ!」

 ヘレンの声だ。

「寝ちゃだめだよ」

 あまりに気持ちよさで、湯船でうとうとしていたらしい。

「ごめん、私、出るわ」

 浸かっていたい気持ちを振り切り、思い切って立ち上がる。

「私も」「私も」

となり、四人とも風呂から上がった。

 

 風呂から上がり、手で水気を切って脱衣所にいくと第三騎士団の女性の使用人が二人待っていた。さっと大きなタオルをかけてくれる。

「ありがとうございます」

 皆が礼を言うと使用人の一人が、

「お嬢様、私達にそんな言葉をつかってはなりません」

と言う。ヘレンが、

「私達も平民ですから」

と答えると、笑顔だけが帰ってきた。アンはお世話になるのだからと、ちゃんと名乗ることにした。

「あの、私、ベルムバッハのアンです。お世話になります」

 すると仲間たちも次々に名乗った。

「ローデンのヘレンです」

「ネッセタールのフローラです」

「マルクブールのネリスです」

 すると世話をしてくれる二人も名乗ってくれた。ユリアとウィルマということだ。

「あの、お嬢様方、そろそろ服をお召になりませんか?」

 ユリアが困ったように言った。

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