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かつての理系女は協力をたのむ

 王都に冬がやってきた。連日雪が続きみるみる積雪量が増えていく。晴天はわずかしかないが、王宮と各騎士団、中央病院、そして各方面への街道へとつづく街路は常に除雪されている。除雪に携わるのは若い男性が多く、アンが副担任のドーラへ尋ねると皆兵役の兵士という話だ。

 女学校は王宮の近くとはいえ重要街路に沿ってはいないから、除雪は女学校の職員と生徒たちが行う。除かれた雪は行き場がないので女学校の中庭に運ばれる。上級生によると中庭の雪山の高さで冬の進み具合と春の訪れを感じるそうだ。

 

 冬の間は雪のせいで移動に大幅に制限がかかるので、週末の騎士団訪問は原則として春までお預けとなった。一番残念そうなのはもちろんネリスである。そのネリスは、寒天培地を利用した衛生面の研究をこの冬にしっかりやりたいと言っている。

 魔法師志望のフローラは魔法の研究がしたいのだが、冬場は室内での活動がほとんどとなるため小規模な魔法に限定されてしまう。

 ヘレンは女官志望であるから室内中心の活動に異論はない。地理や歴史、さらに文学の勉強を通して教養を高めると同時に宮中での作法や法律・制度など学ぶべきものはいくらでもある。

 アンは数学と物理、つまりは相対論を研究したかった。ブラックホールを通ってこの世界に来たのだから、その理論的裏付けを得たいし、できることなら変える方法も見つけたい。


 問題はまず、各自がやりたいことをやるのか、全員が同じことをやるのかだった。そして全員で同じことをやるにしても、四人の希望をすべて均等にやるのかどれかに重点をおいてやるのかだった。

 ヘレンは言う。

「時間が限られているからいろんなことに手を出すと、すべてが中途半端になってしまうでしょ。だったら各自がやりたいことを責任を持ってやればいいのよ」

 フローラも同様の意見だ。

「やらなければいけないことが多すぎるから、分担してやるべきだと思う」

 ネリスの意見は違う。

「私の事情で悪いんだけど、寒天培地を用いた研究は人手がいるし時間もかかる。だけど確実にこの国に貢献できる内容だから、優先度は高くしたほうがいいと思う。とりあえず衛生面の研究に注力して結果が出たら、私はみんなのことを手伝うから」

 それもまたもっともな意見だが、アンは自分の意見も言わずにはいれなかった。

「あのね、みんなね、これはね、私のわがままなんだけどね」

 いつにないアンの口調に、みな真剣に話を聞く雰囲気になった。

「みんなこの国に、この世界に貢献しようと、しっかり生きていこうと考えていてすごいと思う。でもね、私、みんなに算術と言うか、正確には物理の勉強するの、手伝って欲しい」

「どういうこと?」

 フローラが優しく聞いた。

「私は剣術はヘレンにかなわない、魔法はやっぱりフローラ、料理はヘレン、役に立つことはみんなにかなわない」

「そんな」

「だから私はやっぱり頭で勝負するタイプだと思う。でね、私ね、もとの世界に戻れないかと思うと怖い、あの人に会えないかと思うと怖い」

「うん」

「だけどそれと同じくらい、ううん、もっと怖いのは私が私じゃ無くなること、物理を忘れていくのが怖い」

「うん」

「元の世界にもどる鍵は、やっぱりブラックホールだと思う。夢で見たいと思ってみても、なぜかブラックホールの夢をみることができない」

 それは実は他の三人も同様であった。

「だから、私はやっぱり相対論を勉強したい、だけどこの世界には教科書がない」

「そうね」

「記憶を頼りにやってるけど、私一人じゃ無理」

「……」

「だからね、とっても申し訳ないんだけどね、みんなに手伝って欲しい」

「……」

 

 みんなうつむいていた。声こそ出さないがアンは泣いていた。

 

 三人が明確な目標を持っているのはこの世界で生き抜くためだ。

 みんなが元気で明るく振る舞っているのは不安の裏返しだ。

 アンの口から「物理」という言葉を聞いたのもずいぶんと久しぶりなのだ。

 

 始めに口を開いたのは、アンに返事をしていたフローラだった。

「わかった、協力する」

 それに対しヘレンは聞く。

「協力するのはいいけど、どうやって?」

「とにかく一緒に勉強したり、文献を漁ったりでしょ」

 ネリスも聞く。

「だけどさ、私達の頭じゃさ、一般相対論どころか特殊論も危ないよ」

 フローラが文句をいう。

「あんまり批判しないしないでよ」

 するとヘレンが言う。

「好意的な意見は元気をくれる」

 ネリスも言う。

「批判的な意見は学問を強くする」

「何それ?」

「杏が言ってた」


 ネリスが言い出した。

「ねぇ、アン、私達に相対論教えてよ」

「?」

「教えてくれれば、アンの勉強にもなるでしょ」

「そうだね」

「それでさ、この四人で相対論を構築しよう」

 ヘレンが口を挟む。

「相対論的量子論もだね」

 フローラはフローラで、

「教えてくれるのがアンなら、私達も質問しやすいし、議論も深まるね」

という。


 最終的に週末の午前は、各自がやりたいことをやることにした。やりたいことなので、疲れていれば寝ていても、遊びたければ遊んでもいいことにした。長期戦だからだ。

 午後はアンが相対論を教えるというか、四人で議論しながら進めることにした。

 

 その夜、アンはフローラに聞いた。

「フローラ、どうして最初に私に賛成してくれたの?」

「アンってさ、夜の自習のとき相対論か量子論しか勉強してなかったでしょ」

「うん」

「必死にやっているのは知ってたよ。あと、夜起きてやってるときもあるね」

「バレてたか」

「うん、がんばろ」

「うん、ありがと」

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