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かつての理系女は重大なチャンスを逃す

 砦への帰還は予定より少し遅くなった。もう日が陰り始めている。

 ヴェローニカが列の先頭から振り返って言う。

「すっかり遅くなったな。皆がアップルパイのお預けを食らって恨んでいるのではないかな」

 アンたちには答えようがない。ヴェローニカが言葉を続ける。

「時に君たち、許嫁とかはいないよな」

 アンは答える。

「おりませんが、心に決めた人はおります」

「そうか、残念だな。うちの一族にも君たちと同い年の優秀なのがいてだな、ちょうどいいかと思ったんだが」

「申し訳ありません」

「いやいや、謝られるようなことではないよ」

「恐れ入ります」

 

 第三騎士団に戻り馬を降りる。

「では、食堂へ行こうか。皆、待っているぞ」

 アンもすぐにでもパイが食べたかったが、気になることがあった。

「お言葉ですが、ヴェローニカ様、パイはみなさんで先に召し上がってください。私はアウグストの手入れをしたいのです」

「なるほど、馬が先か」

「はい、申し訳ないのですが」

「うむ、アンの言うことももっともだ。そのように伝えよう。我々は騎士だからな」

 伝令が走っていった。

 

 馬の汗を拭きあげる。馬の体は大きいから手の届かないところだらけで台を貸してもらう。他の子はどうしているかと思うと、ニコニコと台にのって拭いている。食べ物の恨みは大丈夫らしい。ブラシを掛け、蹄の泥を落とし、足を拭き上げる。油を蹄に塗れば手入れは終わりだ。

「アン、慣れているな」

 レギーナに褒められた。返事をしようとしたらお腹がなった。

「ブヒヒッ」

 アウグストも行ってこいと言っているようだった。

 

 食堂に行くと、騎士たちが全員待っていた。席へ向かいながらアンはヴェローニカに言った。

「ヴェローニカ様」

「何だ?」

「ヴェローニカ様のせいでみなさんお待ちになっていたんですよ。私、恨まれちゃいます」

「私は、アンの言う通りにしたぞ」

「そうですが、『我々は騎士だからな』とおっしゃったでしょう」

「ああ、あれか、我ながら失言だ」

 

 幹部席にたどりついたところでネリスが発言した。

「ヴェローニカ様、私、ディアナ様のテーブルでいただきたいのですが。ディアナ様にはいつもお世話になっていますし、ディアナ様の同僚の方にもご挨拶できればと」

「それはいい考えだ。アン、フローラ、ヘレンもそのようにするといい」


 レギーナに連れられて、レギーナの属する班のテーブルに行く。真ん中の席を空けられ、騎士たちがさっと席をずらしていく。席に付く前、アンは挨拶する。

「ベルムバッハのアンです。レギーナ様にはいつもおせわになっています」

 頭を下げるとレギーナが紹介してくれた。

「うむ、こちらから順にヒルデガルド、レベッカ、カロリーナ、ネーナ、マリカだ。皆楽しい仲間だ」

「よろしくおねがいします」

 するとネーナが笑った。

「そうかしこまらないで、早速いただきましょう」

 アップルパイが並べられ甘い香りがただよう。紅茶がそそがれ、これまた良い香りだ。

 一斉にフォークをパイに入れる、サクッという音が方方から聞こえる。皆が一斉に口に含み、目をむいている。

 カロリーナが言う。

「これはおいしいわね。初めて食べたわ」

 マリカも同意する。

「アン、すばらしいわ。教えてくれてありがとう」

 皆口々にほめてくれた。

「あの、レシピはヘレンですし、大変申し訳無いのですが、焼き立てはもっと美味しいです」

「そうなのか?」


 しばらくパイを堪能したら、レギーナが話題を変えた。

「皆、アンはすごいぞ。あのアウグストを乗りこなすのだぞ」

「そうなのか?」

「私、村の育ちなので馬には慣れているんです。馬の歩きたいように歩かせただけです」

「いや、アン、それは乗馬の極意だぞ」

「それだけじゃないぞ、アンは馬から降りるなり手入れしたいと言い出したのだ」

「ほほう」

「言わないでください、そのせいでみなさん、パイを待たせてしまったのですから」

「それはそうだな、うん、恨む」

 笑顔で恨んでくれたのはヒルデガルドだ。

「まあまあそう言うな、アンもお腹をならしながら蹄の泥を落としていたのだ」

 聞かれていたらしい。

 

 夕刻すっかり暗くなって、馬車に乗って第三騎士団をあとにした。馬車にはアップルパイが少しだが積んである。フローラの提案で、いつも迷惑をかけている隣室へのお土産だ。

 ネリスが話す。

「フローラ、お主も悪よのう」

「何よ」

「アップルパイで、ジョセフィーヌやイングリットを黙らせようというのじゃろう」

「いつも騒いでいるのはネリスとヘレンでしょ」

「うむ、そうとも言うか」

「ていうか、その話し方やめなよ」

 今度はヘレンが言う。

「フローラ、それは無理だよ。ネリスがあんな美女たちに囲まれたんだもの、当分オヤジモードが続くと思うよ」

「ヘレン、そう言うな。今日はアンのせいで、我らの目標が遠のいたのかも知れんのだぞ」

 アンはびっくりした。

「なにそれ」

「ヴェローニカ様のご一族に優秀な同い年の子がいると言ってたであろう」

「だから?」

「どうするその子が我らと同じ境遇であったとしたら」

「あ」


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