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かつての理系女はもとの世界を思い出す

 第三騎士団の食堂は、女騎士たちで満員であった。アンたちは騎士団長のヴェローニカのあとに続き、起立する女騎士たちの前を食堂奥へと歩いていく。美しい成人女性だらけの中で、ちんちくりんのアンはドギマギしてしまう。後ろを歩くネリスは多分ニヤニヤしているだろうが、ヘレンやフローラはどういう反応なのか想像がつかない。

 

 食堂奥の大テーブルにアンたち4人は案内された。どう考えても幹部用の食卓である。ヴェローニカはそのテーブルの端に゙位置し、アン達4人がテーブル中央にされた。椅子がないのでテーブルに向かい立つと、自然と起立している女騎士たちが整列したかのように並びこちらを向いているのが目に入る。ただ騎士たちは武装しておらず、簡素な服装であった。

「敬礼!」

 鋭い号令に、女騎士たちが一斉に敬礼する。アンたちは武官ではないので敬礼せず、頭を下げる。これはすでに近衛騎士団で教わっていた。

 ヴェローニカが答礼したのだろう、「なおれ!」と言う号令がかかった。

 

 ヴェローニカが話し始めた。

「諸君も聞き及んでいるだろう、この4人がこの秋王立女学校に最年少で入学した神童たちだ」

 神童とは言われたことが無いとは言わないが、こうももろに言われると恥ずかしい。ふと横のネリスを横目で見ると、ニヤニヤしている。アンは直感的に思った。これは神童と言われてよろこぶ顔ではない。美しい女騎士たちを見て、オヤジモードに入っての表情だ。心のなかで「美しいのう」とでも思っているに違いない。

 そんなことを考えていたせいで、アンはヴェローニカの話を聞いていなかった。

「おい、アン、それでアップルパイの作り方を教えてくれるのは誰なのだ?」

「あ、はい、ヘレンです」

「うむ、ではヘレン、あとは頼む」

「え?」

 いきなり丸投げされたヘレンが動揺している。

「え、あの、私が、ギャア!」

 動揺するヘレンを元気づけるためか、ネリスがヘレンのおしりをつねったのだ。

「朝の仕返しなのじゃ」

 ネリスの小声が聞こえた。それに対しヘレンの「覚えてなさいよ」と言う小声も聞こえる。

「失礼しました、ローデンのヘレンです。今日はみなさんとリンゴのパイを作ってみようと思います。始めに材料ですが……」


 材料はパイ生地には薄力粉・強力粉・バター・塩、さらに水である。リンゴは砂糖とバターで甘く煮る。

「始めにパイ生地の準備をします。くれぐれも分量は正確におねがいします」

 ヘレンは説明しながら作業を始める。

 まず薄力粉と強力粉をまぜ、ふるいにかける。つぎに水に塩を溶かす。ボウルにふるいにかけた小麦粉、細かく切ったバターを切るように混ぜ、食塩水を加えながら混ぜていく。ひとしきり混ぜたらひとまとめにした。

「この状態で涼しいところで生地を寝かします。寝かせている間にリンゴを煮ます」

 食卓に立ち並ぶ女騎士たちは一斉に作業を始めた。方方で手が挙がり、そのたびに誰かそこに行くと「こんな感じで良いだろうか?」などと聞かれる。アン以外の3人は適切に指示できているようだが、アンはなんとなくヘレンの感じに似ていれば「良いのではないでしょうか」、まだ粉っぽければ「もう少し混ぜてください」と適当に答えておいた。

 

 すべての場所でパイ生地のもとを混ぜおわったところで、リンゴの皮むきが始まった。ヘレンに送られたりんご3箱では騎士団全員分にはとても足らず、追加のリンゴも持ち込まれているようだ。面白いことに、アンたちがいる幹部テーブルよりも遠い出入り口付近のグループはさっさと向き終わっているようであるが、近くのテーブルのほうが手間取っている。しばらくすると遠くのテーブルから手伝いの騎士がやってきたりしている。おそらく階級の高い騎士たちのほうがナイフ使いが下手であるようだ。

 なるほど、と思いながら皮むきの終わったアンが見ていると、ヴェローニカがため息を付いてから言った。

「やはり家柄で出世の速さがちがうからな、いくら日頃から訓練をさせていてもこうなってしまうな。アン、君は見ただけでそれがわかっていたのだろう?」

「はぁ、まあ」

 ついでに言うと、寮入りする際着替えができなかったフローラでさえ、さっさと皮むきを終えていた。

「それにしても君たちは、勉強はできる、魔法も優秀、料理もできると、恐ろしいな。なんで君たちはこんななんだ?」

というヴェローニカの問には、

「国家機密です」

と、アンはハートマーク付きの勢いで答えておいた。ヴェローニカは吹き出した。


 リンゴが煮終わると、パイ生地を寝かせておくのにまだ時間的余裕があった。その旨ヘレンがヴェローニカに伝えると、ヴェローニカは、

「では城壁に案内してやろう。いい景色だぞ」

と言ってくれた。


 食堂のある建物を出て少し歩いて城壁の下についた。見上げるとかなり高い。階段を上がるとかなりの高度感である。その高度感に耐えながら登り切ると、急に景色がひろがった。

 ゆったりとした大洋のうねりのように、地面は高くなったり低くなったりして丘が連なっている。多くの丘は四角く色分けされていることから耕作地が多いことがわかる。木々が連なるのは街道であろうか、それとも川だろうか。ところどころに林があるが黄葉が進んでいる。遠くにはすでに白く雪をかぶった山々が見える。

 どうしても北海道を思い出してしまう光景に、アン、ヘレン、ネリスは言葉を失い、見つめてしまう。思い出さないようにしていたことごとを次々に思い出してしまい、三人の目からは涙がこぼれてしまう。それに気づいたフローラは、アンとヘレン、ヘレンとネリスの手を繋がせた。

 

 三人に声をかけず気遣うフローラに気づいたヴェローニカは、小さな声でフローラを呼んだ。

「君は優しいのだな」

「いえ、友達ですから」

「うむ、君たちがなにか口にできない苦労をしていることだけはわかったよ。協力できることがあれば、なんでも言ってくれ」

「ありがとうございます」

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