かつての理系女は女騎士たちに迎えられる
明日第三騎士団を訪れると言う夜、アンたち四人は盛り上がっていた。
まずネリスは、将来の勤務先第一希望である。興奮しないわけはない。
ヘレンは力いっぱい料理の腕をふるえそうだし、試食でたくさん甘いものが食べられそうだ。
フローラは女官志望だから、この国の女性のあこがれの頂点の一つ女騎士たちからマナーを教わることができる。
口々に期待を口にする仲間たちを前に、アンだけはあまり盛り上がっていなかった。フローラが心配する。
「アン、なにか心配なの? 元気ないじゃん」
「いや、だいじょうぶ」
ヘレンはも心配しだした。
「やっぱ元気ないようだよ」
仕方なくアンは明日への不安の一つを口にした。
「明日のアップルパイも女騎士も楽しみなんだけどさ、算術の勉強がね」
「どういうこと?」
「近衛騎士団ほどの本はないんじゃないかな、と」
「あれは貸出されてるからいいじゃん、まだ読み終わってないし」
「そうなんだけどね」
ここまで黙っていたネリスが言った。
「わかった、アンの心配はこれだ!」
そう言いながら、アンのお腹をつまんだ。
「キャアッ!」
図星をさされたアンはお腹を手で守った。
そのあと四人でお腹のつまみ合いをやって大騒ぎして、隣の部屋から怒られた。
朝が来た。急に布団が跳ね飛ばされアンは目を覚ました。ネリスが布団を蹴飛ばしたらしい。
「ちょっと~ネリス、何するのよ」
ネリスはふとんこそ蹴飛ばしたものの、まだアンの横に寝そべっていてアンの眼の前にはネリスの顔があった。
「アン、第三騎士団だよ第三騎士団。早く行こう!」
「あのさぁ、お迎えが来ないと行けないよぉ」
「アン、お主はつれないのぉ、そんなつれないと、こうじゃ!」
いきなりお腹をつままれた。
流石にアンも完全に目が覚め、反撃した。
ベッドの上で二人でお腹のつまみ合いをやっていると、上から冷たい声がした。
「ねぇ、アン、ネリス。ずいぶんと爽やかなお目覚めね」
見上げるとヘレンである。顔は笑っているが目は笑っていない。札幌で明に対して怒っているときに何度か見た笑顔である。
「あ、ヤバい」
ネリスはアンにしがみついた。ネリスはヘレンから顔を隠すようにアンにしがみついているため、アンは顔を背けることができない。しかたなくアンは寝転んだまま言い訳する。
「あのねヘレン、ネリスが布団を蹴飛ばして、さらにお腹をつまんでくるんだよ。私悪くない」
「ふ~ん、じゃあネリスが悪いのね」
「うん、そう」
「うん、わかった」
「ギャア!!」
ヘレンがネリスのおしりを思いっきりつねった。
第三騎士団へは、騎士団から来た馬車で行った。近衛騎士団の馬車は豪華であったが、第三騎士団は女性騎士団であるので、装飾にバラがあしらわれてやはり女性的な美しさを感じさせる。
「う~ん、これは女子としてはしびれるわね」
アンは誰にともなく声に出した。
「そうよね」
「わかる」
フローラとヘレンは同意してくれたが、何故か一番第三騎士団に興味があるはずのネリスの反応が薄い。
「ネリス、どうしたの?」
アンが聞くと、
「おしり痛い」
とのことで、三人で大笑いした。
そしてフローラが言った。
「それにしてもさ、後ろの馬車の中身が笑えるよね」
そうなのだ。いつものように第三騎士団長ヴェローニカに加え、迎えに騎士レギーナ、ラファエラ、エリザベート、ディアナが来てくれた。それに加え、今日第三騎士団から来たのは馬車2台である。1台にはアンたち四人が乗り、後ろの馬車にはリンゴが満載されている。リンゴを持っていくということを伝えていたので馬車が2台なのは良いとして、1台は普通の荷物用が来るかと思いきや、何故か2台共賓客用が来てしまった。ヴェローニカは2台に2人ずつ乗ってリンゴも乗せれば良いといったのだが、これはアンが断った。
「あの、それだと馬車の中にリンゴの香りが充満してですね、私のお腹が騎士団まで持たないと思います」
ヴェローニカをはじめとした女騎士たちのみならず、その場にいた全員に爆笑されてしまった。しばらく大笑いしたあとでヴェローニカは、
「それもそうだな。私もがまんできないかもな」
と言って許してくれた。
なお荷物の積み込みは、女騎士たちが御者たちと一緒にあっという間にやってしまった。
第三騎士団は王都の南側の外れにある。華麗な北側の門から入るとすぐにやはり華麗な建物が立っているが、建物をくり抜く形で開けられた通路を馬車のまま抜けると、広々とした練兵場に出る。練兵場の向こうには遠くの山々が見えるが、山々と騎士団の間にあるはずの田園風景は塀に遮られ見えない。騎士団の敷地は王都を守る砦のひとつであるからだ。練兵場では近衛騎士団と同様に鍛錬に励む騎士たちの姿が見れるかと思ったが、一人もいなかった。
「アン、誰も訓練してないけど、女騎士団だからかな?」
馬車から降りるとフローラが小声で聞いてきた。アンも言われて気がついたが、
「今休憩の時間なのかもね」
と答えた。するとヴェローニカが口を挟んできた。
「ああ、仕方ないな、普通ならそれなりに鍛錬に励むものがいるんだが、今日は誰もやってないな。君たちのせいだぞ」
「はぁ? どういうことですか?」
「まぁ、すぐにわかるさ」
建物に入るといきなり食堂に通された。食堂は食事時でもないのに満員であった。ヴェローニカが一行の先頭に立ち入室すると、起立していた騎士たちが一斉に姿勢を正した。




