かつての理系女は釘をさされる
ポーションを手洗いに用いることで感染症対策がなされていることはよかったが、ポーションの所蔵量・生産量に問題があることがわかってきた。しかしそのあたりの事柄は軍事関連でもあるそうで、簡単には解決できそうになかった。
とりあえずネリスはフーゴに話を続けた。
「次に、ポーションほど有効ではなくてもそれなりに有効な石鹸についてですが、これは手の洗い方と残る汚れの関係を明らかにする必要があります」
全員で手洗い場に移動した。アン、ネリス、ヘレン、フローラと並び、お互いの手を触り合う。
「それは全員の手の汚れを同じようにするためでしたね」
ロッティが聞いたので、一番近くにいたアンが答える。
「その通りです。手洗いのしかたと汚れの落ち方の相関を調べるには、手の汚れが異なっていては実験になりませんから」
「相関?」
「失礼しました、手洗いのしかたと汚れの落ち方の関係、ですね」
アンとしてはなるべく平易な言葉を使おうと気をつけてはいるのだが、どうしても時々出てしまう。ヘレンがニヤッと笑ってこっちを見ている。
洗具合をコントロールするため、アンたちは振り子を用意していた。振り子時計があるこの世界だから、ニュートン力学に関してはそのまま使えるはずだ。しかし単位系が地球と異なるし、地表における重力が地球と同じと限らない。だから振り子の長さは体感で周期が1秒程度になるように調節しただけだ。
ネリスが説明を続ける。
「この振り子を使って、石鹸で手を洗う時間を測定します。石鹸をつかわない、石鹸で振り子10往復、20往復、30往復の間洗うようにし、それぞれゼリーに手をつけることにします」
ネリス自身は石鹸で洗わない、アンが10往復、ヘレンが20往復、フローラが30往復の間石鹸で手で洗い、水で流してから手を拭かずに寒天培地に手をつけた。
「どうして手を拭かないのですか?」
ロッティが質問した。アンとしてはまたヘレンに笑われたくないので、ニコッとするだけにとどめておくとネリスが答えた。
「実は、手ぬぐい自体の汚染も疑っています」
「え?」
ネリスは続けて説明した。
「おそらく洗濯、乾燥の直後は問題ないでしょう。ですが乾燥後に汚染された手で扱われたり、十分に洗われなかった手を拭ったあとは、もう手ぬぐい自体が汚染されている可能性があります」
「ではどうすれば?」
「最も良いのは、手ぬぐいを使い捨てにすることです。でもそれは現実的ではないでしょう。ですから例えば小型の手ぬぐいを大量に作っておいて、一回使用ごとに洗濯するとかになるかと思います。または石鹸による手洗いは目に見える汚れを落とすだけと割り切って、目に見えない汚れについてはポーションをかならず使用するとかになると思います」
これを聞いた病院側三人の表情はかなり渋くなった。
ネリスに限らずアンたち四人は前世と今の世界の違いは身にしみてわかっているので、ネリスの言うことが病院にとってとても大きな負担になることは想像がついた。
アンはネリスに、
「ネリス、医官長様に相談してもらったら?」
と、小声で言った。小声でいったのは、この話はネリスが中心になってやったほうがいいと思われたからである。ネリスはフーゴーに言った。
「ポーションの今の使用状況を、医官長様に伝えておいていただけないでしょうか」
「わかりました」
そしてネリスは杏に向かって言った。、
「そうだね、だけど軍事機密が絡むとなると武官長様にも話をしないといけないだろうね。だけどアン、直接武官長様に頼んだりしちゃだめだよ」
「?」
「それやると、医官長様とか病院とかのメンツを潰すことになるよ」
「そっか。私危ないからこの件ではなるべく黙ってるわ」
「ハハハ」




