かつての理系女は礼拝される
王立女学院内の樹木はみな葉を黄色やら茶色になった。もう散り始めた木もある。授業の合間の休み時間、アンは教室の窓からその木々を眺めていた。
「アン、もしかしてホームシック? 似合わないわよ」
ヘレンが話しかけてきた。アンは憤慨した。
「ヘレン性格悪くない?」
「へ、なんで?」
「ホームシックと答えれば幼いと言われるし、ホームシックでないと答えれば、なんか可愛くないみたいじゃない」
「そうか、そういう考え方もあったか」
ヘレンは何も考えていなかったらしく、ケラケラと笑った。たまたま近くにいたジョセフィーヌが会話に加わってきた。
「ヘレン、悪意が無いのが最大の悪意よ」
アンはそれに乗っかることにした。
「そうよ、ちょっとは相手の気持ちを考えて発言してよね」
それを聞いたのか、イングリットも口を挟んできた。
「ねぇ、アン、あなたがそれを言うの?」
「え、どういうこと?」
「アン、私から見てると四人の中でアンが一番思ったことをそのまんま言ってると思うわ」
いくらクラスメートとは言え、年上の発言は重い。アンが口をつぐんでいるとフローラが参加してきた。
「イングリット、アンはそういう人であることは私達はよくわかっているし、むしろそんなアンが好きよ」
ネリスはネリスで、
「そうそう、むしろ空気読んだらその方が気持ち悪いっていうか?」
アンが抗議するより前にイングリットは、
「それもそうね」
と真顔で納得してしまった。思わず膨らんだアンの頬をつっつきながらジョセフィーヌは、
「それでアンは何を考えていたの?」
と聞いてきた。怒っていても仕方がないのでアンは説明することにした。
「あのね、ベルムバッハの近くの森にこの季節に行くとね、針葉樹が落葉するの。晴れている日だと日光がひらひらと落ちる葉にあたって、森が金色の光で満たされるの。きれいなんだ」
「そうなんだ、それは私も見てみたい」
「いつか、ベルムバッハに遊びに来てね」
「ありがとう、アン、でも早くても来年かな、いや、ちょっと遠いか」
ジョセフィーヌが言う「遠い」とは、馬車で行っても王都からベルムバッハまでの往復は週末では無理だということだ。アンとしては転移魔法をマスターして、ジョセフィーヌをベルムバッハに招待したいと強く思った。
「ねぇアン、秋の森って魔物がでないの?」
ヘレンが聞いてきた。田舎育ち故に気づくことだ。
「うん、何回も見たことあるよ。だけど向こうも私を見てるだけだから、大丈夫だったよ」
「もしかして一人で行ってたの?」
「うん、去年は一人で行ってた」
今度はネリスが聞いてきた。
「普通秋の魔物は、怖いって言うけどな」
「そう言うね。だけど私は大丈夫」
魔物といえど北国であるから、秋には魔力を蓄えるため魔物たちは積極的に獲物を狩る傾向にある。魔物ではないがクマもいる。
フローラ、ヘレン、ネリスはお互いに目くばせをしあっていた。
「うん、やっぱりアンだ。ここは一発拝んどこう」
そうネリスは言って、二回おじぎして二回拍手、さらに一回おじぎした。
残りの二人もそれにつづいて同様にした。
アンがうんざりしていると、イングリットが非難してきた。
「あんたたち、それは異端ではないの? それともあんたたち異教徒?」
するとネリスは笑い出した。
「アンが神様なわけ無いじゃないですか。なんでアンを信仰しなきゃいけないんですか?」
イングリットも笑い出した。
「それもそうね。アンを信仰するとかありえないわ。最大でも聖女様になるかもしれないくらいね」
みんな大笑いしていたが、アンは未来のこの国で聖女への挨拶が二礼二拍手一礼になっている様子を想像してゾッとした。
次の授業の魔法担当のローザが教室に来た。
「さあみんな、着席しなさい。授業を始めます。ああそうだヘレン、この授業が終わったら職員室に来なさい」
「は、はい」
ヘレンの横顔は引きつっていた。
魔法の授業が終わって職員室にヘレンは行った。
「ネリス、ヘレン何やらかしたの?」
「私知らないよ。じゃあフローラは思い当たることがないと」
「知らないわよ。ね、アン」
「うん、知らない」
するとイングリットは、
「あんたたちが夜騒いでいるのがバレたんじゃない?」
などという。一応アンとしては、
「あの、それだったらネリスも一緒に呼ばれるんじゃないかな?」
と言ってみたのだが、イングリットは、
「う~ん、一人ひとり聞き取り調査して、証言の違うところを着いてくるという手法が怖いな」
などと言う。ネリスは、
「私何やったのかな? 全然身に覚えないんだけど」
とビビり始めた。
いつも元気なネリスがビビっているので、イングリットとジョセフィーヌが口々にからかい始めた。
「ネリスの場合さ、普通に自然に悪さしてるんじゃない?」
「気づいていないうちになにか壊してるとか?」
「ああ、だからあらかじめヘレンから証言をとっていると……」
アンはそんな三人を見ていてうらやましかった。ネリスは年上のクラスメートたちとこんなに仲良くやっている。
「ねぇアン、フローラ、助けてよ」
とヘレンは言うが、フローラは冷たかった。
「しかたないんじゃない? アンでも拝んどけば?」
するとネリスのみならず、イングリットとジョセフィーヌも並んでアンに礼拝を始めた。
そんなことをしていたらヘレンが戻ってきた。表情は明るいので、怒られたわけではないらしい。
「どうだった?」
と聞く案に対する答えは、
「ローデンの村からね、リンゴがいっぱいきた」
「え、いいな!」
「いや、三箱もある。形悪いやつばっかり」
「じゃ、みんなで食べよう!」
「うーん、多分酸っぱいよ」
「そっか~」
ヘレンとの日常会話でローデンの村が貧しいことを聞いていた。ヘレンは村の期待の星なのだろうけれど、出荷してお金になるリンゴをヘレンに送る余力はなく、せめて安値しかつかない形の悪いものを送ってきたのだろう。アンの出身地ベルムバッハも似たようなものだから、村の人達の気持ちはよく分かる。だから送ってもらったリンゴは美味しくいただきたい。
「ヘレン、砂糖煮にするとかジャムにするとか、酸っぱいりんごのほうが加工に向くんじゃない?」
と言ってみたらヘレンの表情がもっと明るくなった。
「だったらパイだ! リンゴのパイ、焼きたては美味しいよね!」




