かつての理系女は交渉する
三十分ほども勉強しただろうか。ヴァレリウスはアティアス武官長とともにもどってきた。
「持ち出したいという本を見せてもらおうか」
四人がそれぞれ閲覧していた本を差し出すと武官長は、
「うむ、この二つの本は持ち出してもらって構わない。手続きはヴァレリウス、頼む」
「承知しました」
武官長が簡単に許可したのはフローラとヘレンが選んだ本だった。
「それにしても難しい本を読むのだな」
「は、はは……」
「で、これを選んだのは?」
「はい、私です」
アンの本だった。
「一応これは禁書ではあるのだが、大筒は失われた技術だ。君はこれを復活させられるのかね?」
「大筒とは、金属の筒に弾を詰めてとばすものですか?」
「アン、声が大きい」
「申し訳ありません」
「うむ、アンの言う仕組みであっている。百年くらい前までは使われていたそうだが、弾を飛ばす方法が完全に失われている」
「筒はあるのですか」
「うむ、ある。新たに作ることはできんがな」
「そうですか、残っているものを見ないとなんともいえませんが、弾を飛ばすことに関しては、そうですね」
アンは仲間の方を向いて、
「だれか火薬の作り方知ってる?」
と聞いてみた。するとフローラが
「私、わかるかもしれない」
と言う。
「そうか、バケガク得意だったもんね」
アンが感心すると武官長に聞かれてしまった。
「バケガクとはなんだね?」
「あ、いや、それは」
物理オタクのアンには厳しい質問だった。
「それは、物と物をまぜて別のものにするような知識です」
フローラが助けてくれた。
「次にこの本だが、これはまずいな」
「なぜですか」
「うむ、転移魔法に関係するからな」
「それでは、この算術が必要なほど精密に転移魔法が使えているのですか」
「いや」
「使えないのは、転移先の数値がわからないからではないですか?」
「なぜそれがわかる」
この質問にはアンは困った。生まれ変わる前のことを話しても信じてもらえそうには思えなかったし、そもそもそれを話していいかもわからない。
もうごまかすしか無い。
前世でも一度もやったことのなかったテクニックを使ってごまかすことに決めた。
「それは、わたしが、聖女様から選ばれた、神童だからデス!」
修二にも見せたことのない最大級のカワイイ笑顔をつくり、ウインクもしてみた。ついでに両手をキツネの形にして、腕をクロスさせた。
それを見た武官長は真顔で、
「その手のサインは何だね?」
と聞いた。
アン以外の女子3名は下を向いて笑いを噛み殺している。
「あ、いや、なんとなく?」
「まぁ、いい。君たちはこの2冊がなぜ禁書にあたるかわかるかね」
ネリスが答える。
「大筒は、歩いて何時間もかかる距離からでも攻撃できるほどの技術だからです」
「そう、だから他国にこの情報が漏れては困る」
つづいてヘレンが、
「もしかして転移魔法は、スパイとか送り込めるからですか?」
と言うと、武官長は感心した。
「なるほど、そういう使い方もできるな。ま、普通は暗殺者とか毒とかだがな」
アンは、武官長の反応から貸出が難しそうな印象を持った。
しかしやっと見つけた本である。何としても読みたい。だから武官長をなんとか説得しないといけない。
「あの、武官長様、今、このあたりの知識は研究されていないのですか?」
「それは言えない」
「わかりました、ですが、もし他国で研究されている可能性はないですか?」
「わからないとしか、言えない。どの国でも機密事項だろう」
「そうであれば、安全保障上、他国が準備していると考えて対応すべきですよね」
「そうだな」
「私達がお役に立てるかと」
「そうくるか」
「ハイ!」
心でハイのあとにハートマークをつける。今回はそれくらいにしておいた。
武官長は真顔でアンの顔を見つめている。顔から汗が出てくる。
「とりあえず、最初の二冊だけ持ち出しを許可する。あとの二冊も、防諜処置をしたうえでなるべく早く女学校に届けよう」
「ありがとうございます」
「では今日は夕方までここで勉強したまえ。夕食は近衛騎士団で食べていくと良い。女学校よりうまいと思うぞ」
「「「「ありがとうございます」」」」
武官長が出ていくと、アンをのぞく三人は笑い出した。
「なんか失礼ね! 私だって必死だったんだよ!」
ネリスはゲラゲラ笑いながら、
「わかるけどさ、そういうのは似合わないよ。やったことあるの?」
「無い、前も含めて人生初」
「でしょ、そういうのはフローラに任せなよ」
するとフローラは、
「え、私無理」
と言うので、アンも笑ってしまった。
しばらくゲラゲラしたところで笑い疲れた。
「なんか、私、力抜けた」
アンがそう言うとフローラは、
「やっぱ武官長様とか、緊張するよね、あ、アンはそれは無いか」
などと言う。
「失礼ね、多少は緊張するわよ。そうじゃなくて、なんとしてもあの本が欲しかったのよ」
「うん、わかる、ご苦労さま」
ところがヘレンは意見が違うようだ。
「あのさ、アンが力が抜けたのはさ、そういう問題じゃないと思うよ」
「そうなの?」
「こっちの問題だよ」
ヘレンはお腹のあたりをさする。
「なにそれ、私がくいしんぼみたいじゃない」
「いや、ごめん、私がおやつ食べたい」
「ハハハ」




