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かつての理系女は失神する

 生まれて初めて人間の怪我の治療に成功したアンは、早くも次の患者の治療をやらされていた。患者の名前はニコラウス、左足首の骨折だそうだ。リヒャルトの呼びかけからすると、身分は騎士らしい。

「三週間前に馬から飛び降りてやったんでしたな」

「はい、リヒャルト殿、お恥ずかしい限りです」

 膝と足首の固定を外したところで、アンは患部を見せてもらう。慎重に上から触ると特に痛みを訴えることもなく、かなり骨折部はくっついてきているようだ。気になったのは筋肉で、騎士とは思えないほどやせ細っている。

 足首に手を当て、骨がつくイメージと、ついでに筋肉にマッサージを加え、関節がよく動くように想像した。もちろんあの人のことも思い出す。息を止めないよう気をつける分集中力を欠き。さきほどよりかなり時間がかかった気がする。

「終わりました」

 アンがそう告げるとリヒャルトは、

「ニコラウス殿、立ってみてくれるか」

「はい」

 ニコラウスは恐る恐るといった感じで立ち上がった。

「た、立てます」

「おおそうか、ではゆっくりと歩いてみてくれ」

 ニコラウスはクルトから先程まで使っていた松葉杖を受け取り、歩き始めた。

「おお、体重をかけても大丈夫です。歩けます!」

「あの、骨折自体は治ったと思いますが、筋肉が落ちていますので気をつけてください」

「そうなのだニコラウス殿、アンの言う通りにしてくれ。明日から歩く練習から始めると良いぞ」


 三人、四人と治療を進めていくと、アンは段々と辛くなってきた。体力的には呼吸に気をつけていたので大丈夫なのだが、魔法をかけるたびに修二の顔を思い出しているので、会えないことが辛くなってきたのだ。

 実のところ、日常では彼のことはあまり思い出さないようにしていた。思い出してしまって淋しくてたまらないときは、必ず会えると自分に言い聞かせて気持ちを抑え込んでいた。しかし今日は強制的に何度も思い出しているので自分の思いを抑え込む暇がない。

 七人目を治療している最中、ついに両目から涙が溢れ出した。それを我慢して八人目が終わる頃、気持ちが爆発した。

 声にこそ出さないが、心のなかで「修二くん!!!」と叫んでしまった。

 

 アンとしては声を上げて泣いただけだった。

 しかし病室は金色の光りに包まれ、治療の順番を待つ人たちが声をあげた。

「な、なんだ?」

「う、うわ、治っていく!」

 アンは気が遠くなっていくなかでそれを呆然と見ていた。

 

 気がつくと病室のベッドにアンはいた。

「あ、起きた」

ネリスの声だった。体を起こそうとするアンを、ネリスは押し留めた。

「魔力切れで倒れたのよ。しばらく休めって武官長様も仰ってたわ」

「うん、わかった」

 フローラが説明してくれる。

「アン、あのね、治療中にね、アンが泣き始めたんだって。それで大泣きし始めたら、まだ治療してない人たちみんな治っちゃったらしいのよ。そしたらアンが倒れたんだって」

「そうなんだ」

「アン、答えたくなかったらいいんだけど、治療するとき、あの人のこと思い出したんでしょ」

 アンはすぐには答えられなかった。気をしっかりもっていないと再び爆発してしまいそうである。

 フローラは話を続けた。

「私もね、彼のこと思い出すと力がでるのよ。でもつらいからね、はじめはうまくいかなかった。だからね、私は、彼に再び会うために魔法を使うと、自分に毎回言い聞かせてる」

「うん」

「あくまで私はそうしてるってだけ。ご参考までに」

「そっか、もしかしてヘレンもネリスもそうなのかな?」

 二人はうなづいた。そして二人は黙ったまま涙を流し始めた。フローラもそうだった。


 しばらく四人で泣いていると、病室にヴェローニカが入ってきた。

「ああ気がついたか。今日は無理させて悪かったな。今日は女学校に帰って休むと良いぞ」

 そうヴェローニカは言ってくれたのだが、ヘレンが言い出した。

「ヴェローニカ様、近衛騎士団の図書室は、算術の本がありますか?」

「もちろんあるが、なぜだ?」

「アンは算術の勉強をすれば回復します」

 ヴェローニカは驚いたようにアンを見た。

「そうなのか?」

 アンはすぐにヘレンの言いたいことに気がついていた。

 泣いていても仕方がない。今できることをして、あの四人に会えるよう努力をしよう。ヘレンはアンにそう言っているように思えた。

 アンがフローラとネリスを見ると、うなづいている。

「はい、ネリスの言うとおりです」

「わかった、その様子はすぐにでも行きたそうだな。マティアス武官長に相談してみるから、しばらくここで休んでいてくれ」

 ヴェローニカは病室から出ていった。


「みんなありがとう」

 アンはみんなに言った。

「もしかして訓練の途中だったんじゃない?」

「まあね、でもお互い様だよ、気にしないでよ」

 フローラの返事に、やっぱり永い友達はありがたく思うアンだった。

「そんなことよりアン、図書室でなんの勉強しようか?」

 ネリスが聞いてきたが、その顔は答えを知っているようだ。

「弾道学とかかな? 球面三角法みたいのも勉強したい!」

「じゃあさ、みんなでそんな本を探そうよ」

「うん、おねがい」

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