かつての理系女は騎士団を訪れる
週末をネリスはとても楽しみにしていたようだ。
「明日は騎士団よ騎士団。しかも近衛騎士団よ。なにするのかなぁ? 乗馬したいなぁ」
夕食後、今夜はヘレンとネリスの部屋に集まっていた。その部屋の主二名は興奮気味である。
ヘレンも言う。
「私、馬、好き。農家だから、馬には慣れてるんだ!」
しかしアンは不満だった。
「私も馬は好きだけど、最近算術の勉強がすすんでないんだよね」
それを聞いたフローラは、
「あいかわらずアンは勉強ばっかりね」
と言うが、それにもアンは反論する。
「だってさ、私達が帰れるかの理論的側面は、算術をすすめるしかないじゃない」
ふと、ネリスが発言する。
「ねぇ、騎士団って、どういう兵器があるのかな?」
アンは話をそらされたような気がした。
「私は今、算術の話してるんだけど」
「うん、あのね、例えば大砲みたいなのがあれば、弾道学が発達しているかもしれない。だったらある程度数学が発達するよね。そうでなくても、数的な研究はなにかやってるかもしれないよ」
「そうだけど、そうかなぁ?」
アンとしては文明レベルから推測すると厳しいと思うが、見もしないで否定するのも憚られた。
「とにかくさ、明日行ってみればわかるよ」
そう言ってネリスは慰めてくれた。
翌朝の食事でも、ネリスは興奮していた。昨晩の用に饒舌でかつ、食べまくっていた。
「ねぇネリス、食べ過ぎじゃない?」
フローラが心配して注意する。
「そう? だけどさ、腹が減ってはなんとやらっていうじゃない」
「そうだけど、今日の内容が激しかったら、吐くよ」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
そんな会話を聞きながら、アンはネリスに話しかけるタイミングを伺っていた。
「あのさ、ネリス」
「ん?」
「昨日はごめん」
「なんのこと?」
「弾道学の話、私、のらなかったじゃん、せっかく話してくれたのに」
「気にしてないよ」
「うん、ごめん」
「だから気にしてないって」
「うん」
「元気だしてよ、アンも食べなよ」
「うん、でも少なめでいい」
「なんで?」
「今日の昼、向こうで食べるでしょ? けっこう食べることになるんじゃない?」
「そうか、それは楽しみ! でも私は昼までにお腹すかせる自信ある!」
「フローラ、どう思う?」
「私はアンと同じね、ほどほどにしとく」
ヘレンはネリス派のようだ。
「私は食べられるときに食べられるだけ食べちゃうかな?」
朝食をとって正門へ向かう。近衛騎士団からの迎えの馬車が来るはずで、引率の先生と乗せてもらう予定だ。近衛騎士団の拠点は王宮に隣接しているが、女学校とは王宮を挟んでちょうど反対側にある。直線距離は近いのだが王宮を突っ切るわけにも行かず、そのため王宮教会や中央病院より遠い。
正門のすぐ内側で、なんとなく一列に並んで先生と馬車を待つ。おしゃべりも小声でやめておく。時折外出する上級生にあいさつする。一列に並んで通り過ぎる先輩たちをみていると、なんだか廊下に立たされている気分になってきた。
するとアレクサンドラ先生がやってきた。
「おはようございます校長先生」
「おはようございます。みなさんそろってますわね」
「「「「はい!」」」」
すると校長先生はアンたちの横に並んだ。
返事はしたものの、だまって横に並ぶ校長先生にアンは違和感を覚えた。なにか用事でもあるのかと思っていたが、しばらくして気付いた。
「アレクサンドラ先生、もしかして今日騎士団に連れて行っていただけるのは……」
「ええ、私ですよ」
「おいそがしいのに、申し訳ないです」
「いえいえ、近衛騎士団は私でないといけないので」
「そうなんですか」
先生はニコニコとしているが、ちょっと理由を聞くのは気が引けた。
やがて迎えが来た。武官長が騎乗してきたのはいいとして、やはり騎乗してヴェローニカ第三騎士団長と護衛の女性騎士が四名、かなり豪華な馬車が一台やってきた。
武官長は馬から降りて校長先生に挨拶した。
「おはようございます、アレクサンドラ校長。引率ご苦労さまです」
「いえいえ大事な生徒たちですから当然です。それよりマティアス様、武官長ご自身での出迎えありがとうございます」
「こちらこそ大事な騎士候補ですからな、私やヴェローニカが参るのは当然です」
「簡単にはお渡しいたしませんよ。本人たちの意思もありますが私自身も認めないことには」
「これは手厳しい、ハハハ」
「ホホホホホ」
迎えの馬車に乗り込み出発する。女性騎士四人は馬車を護衛するかのように前後に位置している。
走り出してすぐヘレンが言った。
「アン、王都に来るのに乗った馬車より、全然乗り心地がいいね」
それを聞いた校長先生が説明した。
「この馬車はそれなりの身分のある人を乗せるためのものよ。あなたたち、大事にされてるのね。名目は輸送用の馬車が全部出払っているというこちにでもなっているのでしょうけど」
「は、はぁ」
アンたち一同は恐縮するばかりだ。
そんな恐縮する気持ちもすぐに収まり、アンは窓の外の景色に釘付けになってしまう。王都に来てしばらく経つが、到着した日は寮に直行、その後も外出していないからだ。会話もせず窓の外を必死に見ていたことに気づいたアンは、他の3人の様子を見てみたが、同じ田舎育ちのヘレンだけでなく、フローラもネリスも車窓に見入っていた。アレクサンドラ先生は、
「みなまだ外出してないものね」
と優しく笑った。
ちょっと走って近衛騎士団に着いた。門は美しく、アンは東京の迎賓館を思い出した。門内は意外に広く、そこここに剣術の訓練や体力づくりをしているらしき騎士の姿が見える。アレクサンドラ先生が教えてくれる。
「今日は週末だから、騎士のみなさんは休みなのね。だから部隊単位の訓練がなく、個人の訓練をしているようね」
「なるほど、確かに部隊訓練はしていないですね」
と、ネリスが答えた。
やがて馬車が止まり、降りるよう指示される。馬車から降りると、何人かの兵士たちが走ってこちらにやってくるのが見える。だんだんと近づくにつれ、その兵士たちがとんでもないイケメンであることにアンは気付いた。




