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かつての理系女はお辞儀の練習をする

 寒天培地の制作を試していた調子実習室で、調理担当のゾフィー先生はアンたちに協力してくれるという。その理由を尋ねると、

「私は調理を教えています。卒業して料理の道に進むものや女官になる者もいるでしょう。王族や民衆の衛生に関わることであれば、私は無関心ではいられません」

「先生、ご存知かもしれませんが私達は医官長様と中央病院といっしょにこの研究をしています。先生のご参加を医官長様にお伝えしてよろしいでしょうか」

「ええ、ぜひともおねがいします」

「それで、このつくったものですが、もうしばらくこのまま置いておきたいのですが」

「そうですね、ただ、このままここに置いておくと今日の授業に問題がでますね」

「とりあえず今日は、準備室の隅に置かせていただけませんか」

「いいでしょう」

 ゾフィー先生は準備室にアンたちを案内してくれた。片隅をさっと片付け、

「とりあえず今はここにおいておきなさい。先々のことはまたあとで考えましょう」

「ありがとうございます」

 ゾフィー先生は場所をつくってくれただけでなく、培地の移動まで手伝ってくれた。

 

 調理実習室から教室へと急ぐ。

「いやぁ、緊張した」

とはヘレンの言である。

「ヘレン、べつにあんた、矢面に立ってなかったでしょう。緊張したのは説明してた私だよ」

 アンはヘレンに文句を言った。ヘレンは言い返す。

「でもさ、そのわりには理路整然としてたじゃん」

 するとフローラが横から口を出す。

「ま、ああいうときにはアンは強いよね」

「それ、ほめてくれてる?」

「さあ?」


 今日のクラブ活動は王宮教会の日である。昼休みに興奮していたのは聖女になりたいアンと女官になりたいヘレンであった。アンは言うに及ばず、この国では政治と信仰がほぼ一体化しているのでヘレンも興味津々である。

 フローラもネリスも無関心というわけではない。教会も聖なる魔法にかかわっているからだ。

 

 時間になって神官長がやってきた。今日は教室である。女官の格好をした人を一人連れている。

「うむ、君たちは能力的には王宮教会での学習を始めてもいいのだが,

残念ながら行儀作法が年齢なりだ。だから今日はそのへんをこちらのレギーナ先生から教わりなさい」

 思わずアンたちはお互いに目を合わせた。あんたのせいだ、という意味ではない。四人ともそのあたりに全く自信がないのだ。まあそれぞれに事情はある。

 まずアン。前世も現世でも実質重視でついついそのあたりが疎かになる。自覚もあるがそれでどうにかなっていれば苦労はしない。

 つぎにフローラであるが、お金持ちの子なので気品はある。しかし商家であるし甘やかされて育っている。

 ヘレンは女官志望ではあるが、いかんせん田舎育ち。性格的にも活発だ。

 最後にネリスだが、前世の中身はエロオヤジだ。女学校ではまだ大丈夫だがいつその本性が露わになるか、わかったものでない。

 

 不安にかられるアン達を前にしてレギーナ先生は話し始めた。

「あなた達には早く王宮教会で学んでほしいことが沢山ありますが、今のままではただの子どもとしてしかあつかわれません。あなた方の内側に秘める能力や情熱といったものは、初対面の相手には決してわかりません。場合によってはちょっと頭のいい子どもとしてしか扱われない可能性もあります。ですから相手に侮れないよう、まずは大人として通用する作法を身に着けてもらいましょう」

 その言葉で、レギーナ先生が自分たちに期待してくれていると同時に、しっかり鍛えようとしていることがわかる。

「それではみなさん、とりあえず私の合図で一斉に神官長様に向かってお辞儀してみなさい。いいですか、ハイ」

 指示通り、みな一斉にお辞儀する。

「ではもう一度、ハイ」

 もう一度お辞儀する。

「だいたいわかりました。まずは、フローラ、あなたが一番綺麗にできていますが、どちらかというとあなたのお辞儀は、使用人に対してするものにみえます。相手によって使い分けられるように訓練しましょう」

「つぎにアン、あなたは気持ちが伝わればそれでいいと思っていませんか? あなたの力があいてにつたわっているのなら、それでいいでしょう。ただ王宮宮殿にはたくさんの人がいます。まずは形をしっかりして、相手に失礼な印象をあたえたり、侮られたりしないようにする必要があります」

「ヘレン、アンに言ったことと矛盾するようだけど、あなたのお辞儀には本当に心がこもっているのが感じられるわ。その気持を忘れず、努力すればかならず形になるでしょう」

 なかなかそれぞれの人格というか本質をついてくるというか、とにかくレギーナ先生に感心するアンであった。

「で、ネリス、あなたのお辞儀は武官の方々がするもののようですね」

 ここでアン、フローラ、ヘレンは笑いを堪えるのが苦しくなった。

「ああ、あなたは騎士志望でしたか。仕方ないとも言えますが、まずは基本から身につけましょう」


 夕食時、アンはつい文句が出てしまった。

「今日は大変だったね。結局ほぼ2時間、お辞儀の練習だったもんね。腰が痛いわ」

 それを聞いた隣の席のクラスメートのイングリットが話しかけてきた。

「あなたたちのクラブって、大変なのね。ずっとお辞儀の練習なんて」

「ええ、私達子どもですから」

「ね、敬語でなくていいのよ、同級生でしょ」

「はい、あ、うん」

 

 今のところ、四人はひいきされているという印象はないようだ。

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