かつての理系女は協力を申し出られる
大汗をかいた武術の訓練のあと、ネリスは武官長に頼み込んでいた。
「武官長様、乗馬の訓練とかはできないでしょうか」
「そうだな、さすがにそれは騎士団までいかないとできないから、週末に来てもらえないか」
「ありがとうございます、では、どちらの騎士団に参ればよろしいでしょうか」
「うむ、近いのは近衛騎士団だな」
「ちょっと待ってくださいマティアス様、この子達は女子です。第三騎士団が妥当かと思います」
「それはそうだが、第三騎士団はちょっと遠くないか?」
「では、私どもが迎えに参りましょう」
「第三騎士団よりは第一騎士団のほうが女学校に近いぞ。近衛騎士団は王宮を守る大事な役目がある」
なんだか騎士団長間で、ネリスの取り合いが始まってしまった。
アンはありゃりゃと思いながら自分は関係ないなと考えていると、第二騎士団長のジークフリート様が、
「一つの騎士団に一人ずつでいいだろう」
などと言い出した。つまり実は四人セットと騎士団長様達は考えていたことになる。貴重な休日の研究時間に影響するので、アンは口をはさんだ。
「まことに僭越ですが、やはり近いほうがよろしいかと……」
するとマティアス様が元気になった。
「ほら、本人たちの希望はそうではないか。それにな、近衛のほうが王族方とも顔見知りになれて、この者たちには良いと思うぞ」
だんだんえらいことになってきている。
ヴェローニカ様が結論づけるように言った。
「わかりました。近衛騎士団で、ということには同意いたします。ただ、彼女たちも幼いとは言え、女性です。しかも幼いのはおそらく見た目だけです。ですから女性が付く必要があると思います。私を含め、第三騎士団から人を出させていただきます」
武官長はちょと考えて結論を出した。
「うむ、ヴェローニカの意見が良いようだ」
就寝前の雑談でも、まだ興奮していたのはもちろんネリスだった。
「いやーかっこよかった。私ぜひ、ヴェローニカ様のとこで働きたい」
ヘレンはヘレンで、
「うん、かっこよかったよね。あれぞ女騎士、もうちょっと若かったら女学校でお姉様としておつきあいできたのにね」
と言う。アンは、
「ヴェロニカ様って何歳かな?」
と疑問に思っていたことを口にした。
「二十歳ちょっと、って感じよね」
というのがフローラの意見だが、ネリスは違うらしい。
「いや、もしかしたらアラサーかもしれない」
「えー、それは失礼じゃない?」
というのが他のみんなの意見だ。
アンはちょっと話をかえた。
「ネリスって、剣道できたんだね」
「うん、小学校まで習ってた。蹲踞しかけてやばかった」
「あー、あわてて途中で止めてたね」
「ま、なんとかなったでしょ」
「だけどさ、メーンはないよね」
「え、私そんなこと言ってた?」
「思いっきり言ってたよ」
爆笑してたら、近くの部屋からうるさいと叱られた。
みんなで顔をみあわせ、灯りを消しベッドに入る。
まだ興奮冷めやらぬネリスは、
「私もヴェロニカ様みたいになりたいな」
とつぶやく。それに対しヘレンは、
「髪をのばさないとね」
と言う。
「髪かぁ、わたし長いの苦手なんだよなぁ」
「知ってる」
しばらくクククという小さな笑い声が止まなかった。
翌日朝食を急いで食べ、調理実習室にアンたち四人は向かった。寒天培地の様子を見るため、そして通常授業のために実習室を片付けるためである。
「早くしないとゾフィー先生に怒られるわ」
アンはみんなを急かす。ゾフィー先生は中年とはいうものの美しい女性で、アンはちょっと怖かった。細かいところにうるさいのである。
「まああんたは、好きなこと以外はズボラだもんね」
とはヘレンの意見である。
「そんなことないもん。ちゃんとしてるもん。ね、フローラ」
「あのさ、あんたが出しっぱなしにしてるのどれだけ片付けてると思ってるの?」
「え、片付けてくれてるの?」
「これだよ」
「あのさ、私は気がついたら元の場所にもどしてるよ。だから部屋きれいじゃん」
するとネリスが言った。
「要するに、アンが片付ける前にフローラが片付けてくれちゃってるってことだよ」
調理実習室に着くと、恐れていた通りゾフィー先生が並べられたガラス皿を前に立っていた。
アンは慌てて謝った。
「ゾフィー先生、すぐ片付けますから」
「ええ、授業があるからそうしてほしいのだけれど、これは何をやっているの?」
「はい、食事を作ったり食べたりする前に、手を洗いますよね。その理由と適切な洗い具合を明らかにする実験の予備的なものです」
「手を洗うのは、汚いからでしょ」
「ですから、汚い、ということがどういうことか明らかにしたいんです。先生、これを見てください」
アンはフタにしていた皿を片っ端からはずしていった。運良く、一つの皿に、なにかうす茶色っぽいものが斑点状にできていた。
「先生、これがおそらく『汚れ』です。ゼリーに含まれる栄養で増えたものと思われます」
「なるほどね」
「ただ、この茶色のものが『汚れ』であるかは、食べてみなければわかりませんが……」
「それについてはおいおい考えればいいでしょう。みなさん、私はこの実験をお手伝いしたいのですが」
「え?」




