表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/120

かつての理系女は柔道のまねごとをしてみる

 朝イチで調理担当のミラ先生に挨拶し、昼休みは調理実習室をアンたち4人は使わせてもらっていた。寒天そのものは存在しなかったが、ゼリーのもとになる粉末を手にれていた。粉末を見ずに溶かし、この世界のこの寒天状のものにどれくらい栄養価があるかわからないので、小麦粉とか砂糖とかを少し入れたものも作る。とりあえず昨日借りてきたガラス皿に、ゼリーのみ、砂糖ありで濃度をいくつか、小麦粉ありで濃度をいくつか作って流し込んだ。午後は調理実習がないことは確認済みだ。いちおう雑菌がはいりこまないよう、フタをしておく。授業が終わる頃にはかたまっているだろう。

 

 午後の授業が始まってしばらくしたところで、アンは声をあげてしまった。

「あ」

 先生を含め、クラス全員の目が集中してしまった。

 先生は何も言わず、呆れたようにアンを見たあと授業を続けた。

 

 授業終了後、図書室への移動中にアンはフローラに聞かれた。

「さっきのなに?」

「さっきのって?」

「さっきの『あ』」

「ああ、あれ、たぶんね、昼に作った培地、全滅だと思う」

「全滅って?」

「あれさ、借りてきたときにきれいだったから、そのまま使ったけど、多分滅菌足りない」

「そっか、やりなおしか」

「うん、もともとこの世界に細菌とかの概念がないから、培地で実証しようとしているんだよね。だけどその世界の技術を信じたらだめだよね」


 隣り合うフローラと話していたら、後ろにいるヘレンとネリスも参加してきた。

「なに、培地作り直し?」

とはヘレンの言だ。

「こっちきても作り直しか」

 ヘレンは超伝導試料の作成で試行錯誤繰り返していたのだ。

「ま、わたしはなれてるけどね」

 ネリスは違うことを言った。

「とりあえず、作り直さないほうがいいよ。有効なレシピがあれば、それに細菌が生えるはずだよ。数日、温度高めにして待とう」

「おお、さすが医療ドラママニア」


 今日は騎士団から人が来る日である。もちろん医療ドラママニアのネリスが最も興奮している。運動着に着替え、指定された校庭に向かう。

「ネリス、さっきの培地の作り直ししない件だけどさ、もしかして早く今日のクラブやりたいんじゃないの?」

 アンが聞いてみるとその返事は、

「あは、ばれた?」

だった。するとフローラは、

「私だって期待してるんだよ」

と言う。ネリスは、

「攻撃魔法だよね。物理攻撃と魔法攻撃のコンビネーションとか、あるのかな?」

などと言う。

「ネット小説読み過ぎじゃない?」

「読み過ぎじゃない。だって8年読んでないもん」

「だから8年前の話よ」


 アンは仲間の3人と再会した時、前世の話はお互いしないほうがいいかと思った。それは他の3人もそうだったようで、あまり前世の話はしなかった。しかし、今は違う。この世界で生きていくために以前の知識は使うべきだと思う。でも多くの知識はかつての思い出に結びついている。だから無理はしないことにした。それにこの4人でいれば大丈夫だ。しかしさすがに、各自のパートナーの話は憚られてもいた。

 

 アンたちが校庭に到着すると、なんとすでに今日の担当者は到着していた。それが目に入るや、小走りになってしまう。すると武官長が鷹揚に手をあげた。

「ああ君たち、私達が早くきたんだよ」

 ネリスが緊張して答える。

「い、いえ、申し訳ありません」

 やはり女騎士志望、気になるのだろう。謝ったうえで気をつけをしている。他の三人もならんで姿勢を正す。

「ほほう、きみたちはそういった訓練をどこかで受けたのかね? まあいい、今日来てもらった者を紹介しよう」

「あ、あの、礼儀からすれば、私達から挨拶させていただくのが先かと」

 思わずアンが口を挟むと武官長は、

「そうか、資料で知ってはいるのだが、一応お願いしようか、ではあなたから」

と微笑んだ。

「はい、ありがとうございます。私はベルムバッハのアンです。どのような形かはわかりませんが、国、人民の役に立つ仕事をしたいと思います」

 聖女になりたいとは言えないので、ぼかした。

「私はネッセタールのフローラです。魔法師になりたいと考えております」

「私はローデンのヘレンです。女官として奉公させていただきたいと考えております」

「私はマルクブールのネリスです。騎士志望です」

 武官長は微笑みを絶やさなかった。

「皆のもの、これだけでもこの者たちの優秀さがわかるであろう。で、こちらから第一騎士団長のダミアン、第二騎士団長のジークフリート、第三騎士団長のヴェローニカだ」

 第一騎士団は銀色、第二騎士団は銅色、第三騎士団は紅色の甲冑だ。第三騎士団は女騎士団であるから団長のヴェローニカ様ももちろん女性だ。なお武官長は近衛騎士団長を兼ねており、金色の甲冑を身に着けている。


「今日は最初だから、君たちの状態を見せてもらおう。ヴェローニカ、相手をしてやってくれ」

「わかりました」

 ヴェローニカ様はアンたちの正面に来た。長い金髪を後ろにまとめ、マンガなら背景にバラを背負いそうな雰囲気である。アンはネリスが成長したらこうなれるだろうかと、失礼ながら考えてしまった。

「私は騎士なので、基本的に武術しか知らない。だからあなた達の状態を知るには、私を襲ってもらおう。ただ今日は魔法は禁止だ。それは別のものと訓練するときのほうがいいだろう。武器をつかっても素手でも良い。私は素手にする。ひとりずつ、やってみよう。ではアン、あなたからだ」

 余計なことを考えたからか、アンは最初に指名されてしまった。

「武器はなにか使いますか?」

「いえ、素手でおねがいします」

 なぜかと言うと、武芸者、しかも騎士団長クラスなのだから、素手だろうと剣だろうと、銃でもなければ変わらないと考えたからだ。武道は中学の体育でやった柔道しか知らなかったから、とりあえず柔道の構えっぽく構えた。ただ相手は甲冑なので襟も袖もとりようがない。

「いいからきなさい」

 仕方ないので組み付いてみるが、ヴェローニカ様は岩のように動かない。

「どうした、なにかないのか」

というので、思い切って中学でできた大内刈をこころみたのだが、足が絡まるにとどまり、なにか技をかけられて気がついたら投げ飛ばされていた。

「ああすまぬ、つい投げてしまった。しかし受け身は取れるのだな」


 フローラのほうがまだマシだった。すこしもみ合っていたが、結局投げられた。後で聞いたら、合気道をやったことがあるらしい。

 

 ヘレンは一応練習用の剣を使った。のぞみは料理だけでなくスポーツは何でもうまかったので、うまく間合いをとって、何回か打ち込もうとはしていた。しかしうまくかわされ、剣をとりあげられてしまった。

 

 ネリスも剣である。見た瞬間、剣道をやったことがあるとわかった。あやうく蹲踞しそうになっていたが、いわゆる中段の構えをとってヴェローニカ様に正対する。

「ほほう、あなたは多少心得があるようだ」

 しばらく睨み合っていたが、ネリスは突然、

「メーン」

と言って踏み込んだ。ヴェロニカ様はさっと躱して回り込み、手首のあたりに手刀を打ち込んできた。

 カラン、という音がして練習用の剣がころがる。

「初めて見る剣さばきだ、面白い」

 そう言うヴェローニカ様に、ネリスは頭を下げる。

 

 武官長が言った。

「だいたいわかった。今日はとりあえず残りの時間、護身術を教えよう。みな将来の志望のちがいはあるようだが、護身術はとにかく必要だ」

 そこからはマンツーマンでの指導になった。レベル差があるからだろう。

 

 もちろんアンが一番下手だった。訓練終了時、居合わせた全員の生暖かい視線を感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ