かつての理系女は医療の現場を見る
次の日の補習は、図書室でなく中央病院で行われた。
ローザ先生の引率で中央病院に行くと、予想通り医官長が待っていた。
「系統的な学習はともかく、今日は中央病院を見学してもらいましょう」
入口を入ると、受付、待合室である。規模は意外に小さく人は殆どいない。それをそのまんまアンが口にすると、
「ああ、こちらは中央病院ですから、一般外来はないんです。普通の病院で対処できない病気や怪我といった重症患者を中心に治療しています。だから研究・教育機関でもあるんです。あとは大怪我などの救急患者ですね」
四人は大学病院みたいなものだと理解した。
すると入口が騒がしくなった。
看護師らしき人の「急患、急患」という声がする。アンたちは道を開けるようにどいた。
「どうやら骨折のようですね」
医官長が言う。担架で運ばれる患者のズボンに血がついているところを見ると開放骨折かもしれない。
「あの、治療の様子を見学させていただけないでしょうか? じゃまにならないようにしますので」
アンは思わず言っていた。
「そうですね、それはいいでしょう」
医官長自ら、先に立って廊下を歩き始めた。
うしろでネリスの小さな声がする。
「ねぇ、遠くない?」
医官長はしっかりと聞きつけ、
「急患用の治療室は裏口すぐのところにあるのですよ。あの方たちはそれを知らなかったようですね」
「すみません」
「いえ、ネリスといいましたか、よく気づきましたね。疑問点は遠慮なく言ってください。状況によっては返答はあとになってしまうかもしれませんが。あ、早足で行きましょう」
治療室前で、急患に追いつくことができた。
「一、二、三」
担架から患者が治療ベッドに移される。
若い医官と思しき人がやってきた。医官長の存在に気づいたが目で挨拶をするだけにとどめて手を洗っている。スタッフたちはテキパキと動き、ズボンを切って、患部を露出させている。
するとアンの予想通り、骨が皮膚を突き破って外に出ている。
医官は患部に近づくと、汚れを落とし、足を引っ張って外に出た骨を戻そうとした。
するとネリスが声をあげた。
「あの、患部にポーションをかけてから骨を納めたほうがいいのではないでしょうか」
医官にギロっとにらまれネリスは、
「すみません」
と言ったが、その医官は、
「ポーションをくれ」
と言って、患部を洗った。
一通り治療が終わったところで、人気のない部屋に移動した。
医官長が口を開く。
「どうでしたか、さきほどの感想は」
ネリスは下を向いている。
「ネリス、あなたのお陰で、あの患者は助かったと思いますよ。なぜあなたは発言されたのですか?」
「あの、治療を担当した医官が入ってこられた時、余計な挨拶をせず、作業を開始されていました。日頃からそのように教育されているからだと思います。ですから私も気づいたときに発言いたしました」
「そうですか。治療室のことといい、あなたは観察力があるようだ。ネリス、医官を目指さないかね?」
「申し訳ありません、がさつな私は騎士を目指しております」
「そうですか、騎士にも医療の知識は役に立つでしょう。また、気が変わったらいつでも直接私に言って下さい」
「は、はい」
「その他、なにかありますか?」
ネリスが更に言った。
「あの、治療前の手洗いですが、もっと丁寧にしたほうがいいと思うんです。指の間とか、爪とか、徹底的に洗うべきだと思うんです」
「そうだね、ただ、どれくらい洗えばいいのでしょうか?」
「あの、よろしいでしょうか」
アンが発言する。
「あの、それについては、私達が調べられると思います」
横にいたヘレンが小声で言う。
「寒天培地みたいなの考えてる?」
アンも小声で答える。
「そう、やろうよ」
すると医官長に聞かれた。
「それ、どれくらいの期間でできますか」
「1週間では難しいと思いますが、1ヶ月はかからないと思います」
「必要なものは? 実験室で見てみるかな?」
「お願いします!」
というわけでぞろぞろと、病院内を移動する。
ヘレンが小声で聞く。
「あのさ、アン、培地づくりってできるの?」
「ううん、しらない。ネリスが知ってるんじゃない?」
「え、私知らないよ」
「え、マジ?」
すると医官長が聞いてきた。
「どうかしましたか?」
「あ、医官長様、さきほど勢いで1ヶ月といいましたが、もう少しかかるような気がしてきました」
「あ、時間は気にせず、納得できるまでやりなさい」
その日は実験室でガラスの平皿をたくさん借り、女学校に戻った。引率してくれたローザ先生の指示で料理実習室におかせてもらった。
そして寝る前、今夜はヘレンとネリスの部屋に四人は集まっていた。
アンは聞いてみた。
「ネリス、手の洗い方とか、よく知ってたね」
「うん、医療系のドラマ好きでさ、実験する前の手洗いとか、よく真似してた」
「ふーん」
ヘレンも、
「私は放射性物質の取り扱いの時、教育をうけた。アン、あんたも東海村でやったでしょ」
「ああ、そうだったね」
「その言い方は、半分忘れてたな」
「申し訳ない」
フローラが聞く。
「培地どうする?」
「料理の先生に相談してみよ。すでにもの置かせてもらってるしさ」
「そうね、明日朝イチで挨拶行くか!」
「うん、行こう」
ヘレンの提案で、明日朝イチの行動がきまった。




