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かつての理系女は守り抜く

 マリカの作った旗印を立て、アンたちは城門へと移動した。街に人は極端に少ないが、たまに出会う人は皆その旗を見上げる。手をふる人、敬礼する兵士いろいろだが、みな歓迎はしてくれているようだ。それを見たからか、城門にたどり着いたネリスはアンに提案した。

「どうじゃ、見張り台に上る前に、城壁の内側を一周したらどうじゃ」

 それを聞いたフローラも

「聖女様、行こう。聖女様ならみんなに力を与えられるよ」

 ヘレンも賛成のようだ。アンはレギーナたちの方を見ると、

「私達も賛成です。行きましょう」


 馬を走らせ城壁の内側を巡る。ときおり城壁上のものがこちらを見つけ、手を降ってくる。アンも振り返す。幸い手を振ってくれる人はみな、笑顔になってくれた。この笑顔を守りたい。

 

 城壁の内側を一周して城門の見張り台に登る。階段を延々と登った身であっても、風は身を切るように冷たい。風が出てきたようだ。星の光も弱く感じられる。薄雲が広がりつつあるのだ。つまり天候は予想よりも若干早く崩れてくる気がする。もし潜入した敵が暗闇にいるならば、敵の方が星の見え方の変化については鋭いだろう。夜襲があるとすればもう直ぐだ。

 アンは近くにいた者に声をかける。

「敵襲は近いと思います。非常呼集の必要はありませんが、準備を」

 その兵は、短い返事でさっと姿を消した。


 アンは見張り台から一旦降りた。城壁上の通路上で兵達の邪魔にならないところを探し、そこに身を潜める。見張り台はやはり本職に任せるべきと考えたのだ。城壁上の通路で身を隠すようにしたのは、狙撃を恐れたのと、暗いところの方が自分の目が効くからである。

 いつ敵が来るかと目を凝らしていると、急に怖くなってくる。なるべく暗いところに隠れているが城壁上にはところどころに火が焚かれ、それが自分を照らすこともある。第三騎士団の甲冑は白く夜目にもめだつからだ。


 闇の中で何かが動いた気がした。そしてそこから何かがこちらに飛んでくる。

 アンは叫んだ。

「敵襲!」

 

 しばらく矢が雨のように降り注いだが、一人一人に狙いをつけて打たれたものではなく、あまり被害は出なかった。やがて敵兵が城壁の下に走り込んでくるのが見える。

「火炎瓶!」

 誰かが叫び、押し寄せる敵兵に火炎瓶を投げつける。城壁を登るためのハシゴをもった敵兵が炎上するのが見える。手榴弾も投げられ、こちらも効果が大きい。

 ときどき城壁上で呻き声が聞こえる。治療に行きたいがそこまで移動すると自分も負傷しそうで、遠くからだが治癒魔法を投げるように打つ。

 時折敵兵の顔が城壁の上に出てくるようになった。みな鬼のような形相である。その鬼の顔に剣やら槍やらが突き出され、敵兵は城壁の外に声を上げながら落ちていく。

 レギーナの声が背後からした。

「アン様、ここはもう危ないです。下がってください」

「私だけ逃げるわけにはいきません」

「いいから下がってください」

 アンは羽交い締めにされ、引きずられた。アンの周りをフローラ、ヘレン、ネリスが囲み、さらにその周りを親衛隊が囲む。自分がこのように後退させられるということは、状況はとても悪いに違いない。

 アンは目を閉じ、祈った。

「どうかヘルムスベルクをお救いください。ルドルフ、助けて!」

 

 あとから聞いた話では、アンはレギーナに無理やり引きずられている最中、突然金色に光ったのだという。その光が無数の粒になり、敵兵の上に降り注いだそうだ。その粒はハシゴ上の敵兵を叩き落とし、地上の兵たちも逃げ惑った。

 そしてドラゴンがやってきた。怒り狂ったドラゴンの火炎により敵は総崩れとなった。


 夜が明ける頃、雪がちらつき始めた。振り始めた雪は、城壁下の敵兵の死体に容赦なく降り積もっていく。アンは城壁の上からそれを見て気の毒に思う。

 敵兵も、食料に困ったヴァルトラントのために駆り出されてきたのだろう。

 その目的も果たせず、知る人のいないノルトラントの地で雪に覆われてしまう。

 場合によっては、春までその遺体は出てこない。

 アンはまだ敵兵の遺体の形が見えているうちにと、敵兵のために祈りを捧げた。


 雪の中、王都とブラウアゼーから遅すぎる増援部隊が来た。

 アンは気の毒だとは思いながらも、指揮官たちに指示をする。

「おつかれとは思いますが、このまま部隊を4つに分け、ノイエフォルト、新突破口、グリースバッハに向かってください。残る一つはヘルムスベルクの警備にあたってください」

 指揮官たちは一応反論する。

「兵たちに休息を与えたいのですが」

「お気持ちはわかります。ですが、ここで一旦休息すると、再び動き出す準備に時間がかかるとおもいます。前線の者たちは戦いに疲れ果てているはずです。私としては彼らに優先して休息を取らせたいのです」

 別の指揮官はアンに質問した。

「私達増援部隊から、敵の残存兵のパトロールを出すべきではないでしょうか」

「ありがとうございます。ですがパトロールは、もともとヘルムスベルクで防衛していた部隊にあたらせます。地理に明るいですし、雪も降り始めましたので。

「それでは少しでも、そのパトロール部隊に増援部隊から人を出させてください。そうすれば早くこちらの地理に馴染めるでしょうから」

「それはそうですね、それがよいでしょう。ありがとうございます」

 その他特に反対意見などはでなかったので、アンはそれぞれの持場に行くよう指示しようとしたら、そうはいかなかった。一人の指揮官が言ったのだ。

「聖女様、どうか一度、ご休息をお願いいたします。今到着したばかりの私にも、聖女様が前線に出られ、街の防衛に直接参加されたことが見て取れます。とりあえず今は状況は落ち着いていますから、今のうちにお疲れをお取りください」

 アンは自分の格好を見てみた。甲冑はすすに汚れ、傷だらけだ。ところどころ血の跡までついている。白い甲冑だから戦闘の痕が余計に目立つ。フローラたちも同様である。

 それもそうだけどいいのかな、と思っているとこの一晩最も聞きたかった声がした。

「アン様、どうかお休みください。聖女様はお美しくなければなりませんからな」

 ヴェローニカだった。

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